■下田市も直前まで準備を進めていた
前出の宮内庁関係者は、
「天皇ご一家は8月2日から、静岡県下田市にある須崎御用邸で静養されるご予定でご準備を進めておられましたが、東北の豪雨被害を受け、急遽取りやめられることにされたのです。ご一家は須崎で’19年8月に静養されて以来、5年も足を運ばれておりません。昨年も須崎でのご静養が検討されましたが、新型コロナウイルス感染者が増加傾向にあったことなどから、直前に取りやめられています」
ご静養の目的は、おつとめに日々臨まれている両陛下と愛子さまにお休みいただくだけではない。
「天皇ご一家が御用邸の滞在中に、御所の老朽化した部分を修繕することが多いのですが、昭和や平成のころよりご静養期間が短くなっており、宮内庁の施設管理を担当する部署は頭を悩ませています。そうした事情もあるために、なるべく天皇ご一家には、ゆっくりとご静養をとっていただきたいと思うのですが……」(前出・宮内庁関係者)
そして須崎御用邸は、愛子さまが成年に際した記者会見で、
「サーフボードを浮かべて、そこに3人で座る挑戦をして、見事全員で落下した思い出など、お話しし始めると日が暮れてしまうかもしれません」
と明かしたこともある、ご一家の思い出が詰まった場所。海水浴や磯場での散策は、両陛下や愛子さまにとって心安らげるひとときとなるはずだった。天皇ご一家を奉迎する準備を進めていた下田市の住民は、取りやめとなった経緯をこう振り返る。
「静岡の地元紙も報じていましたが、東北の豪雨の直前まで、行政や警察、住民も、5年ぶりのご来訪に向けて準備を進めていました。警察も御着時の警衛のために訓練を行っていたそうです。
しかし山形や秋田の甚大な被害が判明した段階で、取りやめの連絡があったと……。仕方のないご判断ですが、来年こそいらしていただきたいです」
こうした両陛下のご姿勢について、名古屋大学大学院准教授の河西秀哉さんはこう解説する。
「両陛下が“自分たちだけが休むわけにはいかない”と考えられたのは、『国民と苦楽を共にする』という象徴天皇のあり方を貫かれていらっしゃるからでしょう。こうした『国民と苦楽を共にする』という象徴天皇のあり方は、災害の被災者をはじめ苦しむ人々に寄り添うという意味にほかなりません。
そして、天皇家のそうしたご姿勢が報じられることで、“災害の風化”を多くの国民に意識させることにつながるのです」
ご静養を辞退される天皇陛下と雅子さまのご決断。前出の池田さんはこう話す。
「ご静養を辞退され、被災地をお気にかけてくださっているのでしたら、それだけでありがたい気持ちでいっぱいになります……」
天皇陛下と雅子さまは国民と涙を分かち合われるため、愛子さまとともに“祈りの夏”を過ごされようとしている。