■記者会見で「もう一度本の立ち読みをしてみたい」
前出の渡辺満子さんにとっても、忘れ難い曽野さんの心遣いがあるという。
「’07年、上皇ご夫妻がスウェーデンやエストニアなど欧州を歴訪されました。ご訪問前の会見で、記者会から“ご身分を隠して一日を過ごすことができましたら、何をなさりたいですか”という質問があり、美智子さまはこうおっしゃったのです。
『学生のころよく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もう一度長い時間をかけて本の立ち読みをしてみたいと思います』
その言葉を汲まれた曽野さんが、美智子さまがおしのびで渋谷の大型書店で過ごすことができるように計画を立てられたのです。本がお二人をつないでいたことを強く感じました」
美智子さまらしいユーモラスなお言葉だったが、本への愛情を抱かれながらも、自由に書店を訪れることもできない深い悲しみを敏感に感じ取り、その願いを叶えるために動いたのが曽野さんだったのだ。
曽野さんは自著『百歳までにしたいこと』(文春文庫)で、次のようにつづっている。
《ご結婚以来長い年月、皇后さまは、気楽に本屋さんにいらしたこともないという現実を、私は初めてその時理解した。
おでかけになる場所によっては、とうてい不可能という所もあるだろうが、本屋さんは不可能ではないと私は思った》
曽野さんは下準備を綿密に進め、実行したのは’15年のことだったという。東日本大震災をはさんでの、8年越しの計画となったが、美智子さまにとって、夢見ていた書店での1時間は、何ものにも代えがたいひと時だったに違いない。
大根やキャベツの価格から文学論までを語り合い続けた親友との永訣……。美智子さまは、その訃報に接し、曽野さんのどの作品を書棚から選ばれたのだろうか。
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