皇室
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美智子さま「福島原発の視察を…」7年越しの悲願が実現へ
2018/03/16 11:00東日本大震災から7年を迎えた。その直前、両陛下が6月の福島県ご訪問の際に、原発周辺をご覧になると報じられた。6月9日にいわき市に入られる両陛下は、避難生活を送る原発事故被災者を激励される。その後、南相馬市で全国植樹祭、そして相馬市を訪れ、犠牲者を慰霊される予定だ。「いわき市から南相馬市への移動には常磐自動車道を使うのですが、途中、福島第一原発が見えるほど接近するのです。両陛下の強いご希望もあり、自 -
小室圭さん母に小泉今日子…66年生まれ丙午女子が注目の理由
2018/03/15 06:00小室圭さんの母・佳代さん(51)、小泉今日子(52)、斉藤由貴(51)……、昨年から今年にかけてニュースの中心となった女性たちだ。この女性たちの共通点は1966年、60年に一度の“丙午(ひのえうま)”に生まれているということ。昔は「丙午年に生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信もあった。“ひのえウーマン”の性格について、占術家、エミール・シェラザードさんに聞いた。「甲・乙・丙……の -
眞子さま結婚延期で浮き彫りになった秋篠宮ご一家の“亀裂”
2018/03/09 06:00秋篠宮家の長女・眞子さまと、小室圭さんの「婚約延期」が2月6日に発表されてから、およそ1カ月。一般の結納にあたる「納采の儀」が3月4日に予定されていたが、結婚に関わる儀式はすべて延期になってしまった。気になる“秋篠宮ご一家の今”について、秋篠宮さまと長年交流のある人物が明かしてくれた。「12月中旬に、小室さんの母の借金トラブルが報じられてからというもの、ご夫妻と眞子さまの“家族会議”が何度も行われ -
皇太子さま“新天皇の決意”強めた「天皇の直筆文書」
2018/03/01 06:00現地に集まっていた人々が待ちわびるなか、天皇陛下と美智子さまを乗せたお車が、東宮御所正門に入っていった。2月23日の夜、港区赤坂の東宮御所で恒例の夕食会が行われた。天皇ご一家で皇太子さま58歳のお誕生日を祝われたのだ――。2日前の2月21日には、皇太子さまは記者会見に臨まれている。「'19年5月1日の即位まで、あと1年2カ月あまりということもあり、新天皇としてのご抱負などをお尋ねする質問が多かった -
雅子さま バレンタインの夜に“皇室外交”のサプライズ
2018/02/23 16:00ワインレッドのドレスにジャケットという艶やかな装いの雅子さまが皇太子さまに寄り添い、会場に登場された。そして皇太子さまの首元には、雅子さまとお揃いのワインレッドのネクタイがーー。皇太子さまと雅子さまは2月14日、東京都港区のサントリーホールでコンサートを鑑賞された。「雅子さまのご出席は嬉しいサプライズでした。この日はもともと、皇太子さまがおひとりでお出ましになる予定だったのです。ラトビア出身のバイ -
眞子さま「結婚延期」発表後の異変! 薬指から消えた指輪
2018/02/14 11:00「窓を開けてお顔を見せてくださいました」と、沿道でお迎えしていた女性は、安堵したように話した。予定より少し早く到着した車から、柔らかな笑顔をお見せになった眞子さま。2月9日、秋篠宮家の長女・眞子さまは、東京都中央区で開催されている「現代女流書100人展」をご覧になった。「実は直前まで『もしかしたらご欠席になるのでは……』という懸念の声も上がっていました。ですので、会場に姿をお見せになったときは胸を -
美智子さま 皇后最後のお買い物で選ばれた「祈りの折り鶴」
2018/02/09 06:00「きれいね」「あら、かわいい……」と楽しそうに笑みを浮かべながら美智子さまがご覧になったのは、絵画や雑貨、織物、アクセサリーなど、約4千点が出展された工芸展。美智子さまを魅了したこれらの作品はすべて、特別支援学校「旭出学園」の生徒や関連する福祉施設利用者の手作りだ。2月1日午前、美智子さまは日本橋三越本店にお出かけになった。「知的障害を持つ子どもたちのために設立された『旭出学園』では2年に1度、百 -
小室さん母の“借金トラブル”で秋篠宮家「大揺れの家族会議」
2018/02/01 06:001月25日、宮内庁で行われた長官会見は、2週間に1度の恒例のものであるにもかかわらず、緊迫感に包まれていたという。まず、ある宮内庁担当記者が質問を投げかけた。――複数の週刊誌が今日、眞子さまの婚約者・小室圭さんのお母さんの金銭トラブルについて報じています。この件について、長官はどうお考えですか?これに対して、山本信一郎宮内庁長官は、冷静な様子でこう答えた。「ご結婚ということについては、基本的には( -
高田万由子 11歳長男が悠仁さまの“ご学友”になっていた
2018/01/24 11:00「悠仁さまも5年生の3学期をお迎えになりました。中学校入学まで、あと1年ほどということで、そのご進学先に大きな注目が集まっています」(皇室ジャーナリスト)秋篠宮家の長男である悠仁さまは現在、東京都内の小学校に通われているが、男子児童は過半数が中学受験をする。悠仁さまと同じ学校に子供を通わせる保護者は言う。「保護者同士の話題も、どうしても志望校や勉強のことになってしまいますね。私たちの間では悠仁さま -
「とても意義ある活動」高円宮妃久子さまが「国境なき子どもたち」に送られたお言葉
2018/01/20 06:00「こんばんは。寺田でございます。先ほどから懐かしいお顔をたくさん拝見していたら、さっきまでしゃべることを覚えていたのに、忘れてしまいました(笑)」パーティの冒頭、挨拶に立った認定NPO法人「国境なき子どもたち」会長の寺田朗子さん(71)は、マイクに向かってこう言って、詰めかけたおよそ150人の参加者の笑いを誘った。昨年11月。東京・天王洲運河に浮かぶT-LOTUS M。建築家・隈研吾氏監修の船上ス -
皇太子さま悲壮な訴え!雅子さま救う「宮中改革」への覚悟
2018/01/18 11:00《あたらしき住まひに入りて 閖上の人ら語れる 希望のうれし》1月12日、皇居宮殿松の間で催された「新年歌会始の儀」で披露された、雅子さまのお歌である。昨年11月に皇太子さまと一緒に訪問された、宮城県名取市の閖上地区。東日本大震災から6年目の夏、ようやく復興住宅に入居して、新生活を始めた住民と語らったときのことをお詠みになったものだ。宮内庁関係者はこう語る。「ご療養以来、披露された雅子さまのお歌は、 -
美智子さまの機転が救った天皇陛下「新年祝賀の異変」
2018/01/10 11:00雲ひとつない快晴となった1月2日、新年一般参賀のために開門前から並んでいた2万人もの人が、二重橋を渡り皇居前広場へと入場していく。10時10分、天皇皇后両陛下をはじめとする皇族方が宮殿のベランダにお出ましになると、例年をしのぐ大きな歓声が上がった。「午前3回、午後2回の計5回で、12万7千人がお祝いに訪れました。平成に入って最多の入場者数です。譲位まで1年4カ月。その前に両陛下にお会いしたいと、国 -
雅子さま「自分の口で語りたい」皇后への大きな決断
2017/12/28 07:0012月5日には、皇太子さまと雅子さまは「障害者週間」の障害者支援功労者への表彰式に出席された。かつては苦手とされてきた式典へのご出席にも、雅子さまは、終始落ち着いたご様子で笑顔をお見せになっていた。募集された「心の輪を広げる体験作文」で、小学生の部で最優秀賞を受賞したのは千葉県我孫子市立湖北台西小学校2年の茅野葵さん。「ゆうちゃんは、生まれつき発育がゆっくりしています。そのため、言葉を上手に話せま -
雅子さま 美智子さまに直訴!「外国元首とお忍び懇談」
2017/12/28 07:00「政府は、新しい天皇陛下となられる皇太子さまの『即位の礼』を19年秋に行う方向で調整を進めています。外国からの賓客も大勢招かれ、盛大なものになることでしょう」そう語るのは、宮内庁関係者。政府は年明けにも菅義偉官房長官をトップとする準備組織を設置し、譲位・即位に向けた準備を本格化させていくという。12月9日、雅子さまの54歳のお誕生日に発表されたご感想には、こんなご心境がつづられている。《これから先 -
美智子さま 異例の弔問にあった“人生変えた後輩”との交流
2017/12/13 06:00教会の礼拝堂に安置された棺。横たわっていたのは70年もの歳月をともに過ごした友人だった。美智子さまは、静かに2輪の白い花を棺の前に手向けられた――。11月27日、絵本研究家で元国際児童図書評議会(IBBY)会長の島多代さんが逝去した。享年80。島さんは、美智子さまにとって聖心女子学院の3学年後輩にあたる。「12月1日に、東京都港区のカトリック高輪教会で葬儀が営まれました。美智子さまは83歳。これま -
紀子さま焦燥! 悠仁さま帝王教育「また先送り」
2017/12/11 06:00駐日大使たちが撮影のために携帯電話を構えるなか、鴨を抱えられたのはダッフルコートをお召しの眞子さま。その腕のなかから、大空に向かって鴨が飛び立っていくかと思われたが……。ドサッ! 鴨は頭から地面に激突、もがくようにバサバサと羽ばたきながら、ようやく飛び去っていった。「12月1日の午前中、眞子さまは埼玉鴨場にいらっしゃいました。伝統的な鴨猟と放鳥を披露する『外交団鴨場接待』のためです。鴨をうまく手放 -
黒田清子さん 3本98円ネギ購入…結婚直後に見せた普通の幸せ
2017/12/05 16:00'58年12月の創刊以来、『女性自身』は皇室ご一家の“愛”にまつわるエピソードを読者に紹介してきた。美智子さまや雅子さまが皇室へ嫁がれる不安を抱えられていた一方で、皇室から民間に嫁いだ方々にもドラマがあった。昭和天皇の第四皇女・池田厚子さんは『回想の中の両陛下』(228号・'63年5月13日号)と題された手記で、民間の生活の楽しさを語られた。《テレビなどで、大ファンの島倉千代子さんが歌う番組でもあ -
雅子さまがお召しのスカーフに込めていた「愛の言葉」とは?
2017/12/05 14:0059年にわたって皇室をめぐる“愛”の物語を追い続けてきた本誌。ご成婚5年前の雅子さまにも“直撃取材”を敢行している。'93年にお輿入れした雅子さま。しかしご決断までには数年を要した。本誌は『小和田雅子さんを特写 核心直撃インタビュー』(1399号・'88年2月16日号)で、外務省に出勤途中の雅子さまを取材した。記者の問いかけに「取材はお断りしています。(お妃候補の話は)私には全く関係ありませんが… -
天皇陛下が本誌に明かされていた“美智子さまを選んだ理由”
2017/12/05 12:00『女性自身』が創刊されたのは'58年12月。以来、本誌は皇室ご一家の“愛”にまつわるエピソードを読者に紹介してきた――。創刊直前の11月27日、宮内庁が《皇太子妃は、正田美智子さんに内定》と発表し、日本中が湧きたった。まさに本誌はミッチー・ブームとともに誕生したのだ。創刊まもないころに掲載したのは『ご結婚五日前の素顔』(19号・'59年4月24日号)。お輿入れを間近にした美智子さまと父・正田英三郎 -
愛子さま 皇室会議から始まる「16歳の試練」
2017/11/29 11:00寒さも厳しくなってきた11月下旬、愛子さまの足取りは軽やかだった。背負われていたのは、ご自分の背丈ほどもあるチェロのケース。風も冷たかったが、愛子さまは気にされるご様子も見せず、元気よく校門に向かっていかれたーー。「学習院で近いうちに開かれる音楽会に参加されるのかもしれませんね。ご友人といっしょに練習するために楽器を持ち込まれたのでしょう」(学習院女子高等科の保護者)学習院女子高等科入学から7カ月 -
陛下、危機一髪!美智子さまが救われた離島でのハプニング
2017/11/22 16:00天皇皇后両陛下は、11月16日から18日の日程で、鹿児島県の屋久島、沖永良部島、与論島を訪問された。天皇陛下の即位20年にあたる'09年に「できるだけ遠方の島を」とのご意向から沖永良部と与論の離島訪問が検討され始めたのだが、東日本大震災('11年)、陛下の心臓パイパス手術('12年)もあり、長い間、叶わなかったのだ。まさに“8年越しの悲願”ともいえるご訪問だった。そして屋久島は、口永良部島民の避難 -
雅子さまと紀子さま お揃い和装に秘めた「紐帯の誓い」
2017/11/16 11:00天高い秋晴れの園遊会となった。揃って着物をお召しの女性皇族方。背後から差し込む陽の光に、華やかな生地が輝いた。11月9日、秋の園遊会には各界の功績者など約2千人が出席。皇室ジャーナリストの渡辺みどりさんはこう見た。「国民の前で幸せな“家族の肖像”を示されることも皇室のお務めだと思います。今回の皇族方のお出ましには、とても一体感がありました。そして、淡い黄色の和服をお召しになった雅子さまを拝見して、 -
雅子さま 待ちわびた震災被災者を前にされたサプライズとは
2017/11/08 11:00「雅子さまとお話ししていると自然と涙があふれ出てきて『ありがとうございます』という言葉を何度も言ってしまいました。でもいまになって思うのは、もっと“別の話”もすればよかなったなと(笑)」そう語るのは、今年7月に完成したばかりの復興公営住宅『名取市閖上中央第一団地』に住む三浦りょう子さん(84)。11月1日、皇太子さまと雅子さまは、東日本大震災の復興状況を視察されるため、宮城県を訪問された。ご到着後 -
小室圭さん 眞子さま誕生日前日にむかった警備3人厳戒投票
2017/11/05 11:00「あの日は大雨警報が出たほどの豪雨でしたが、投票所に来た小室さんはデートに行くようなおしゃれな格好でしたよ。婚約会見の日には地元の駅前でイベントが行われたほどですから、周りの視線も気にしたのでしょう」こう語るのは、秋篠宮家の長女・眞子さまと婚約が内定した小室圭さん(26)の自宅近くに住む主婦。衆議院選挙の投票日だった10月22日。翌日には眞子さま26歳の誕生日を控えていた。本来なら週末のデートが予 -
美智子さま 83歳お誕生日の「お言葉」に世界中から喝采の声
2017/10/27 06:00「皇后陛下のお誕生日のご感想の中で、思いもかけずに私のことに触れていただいたことを出張先のモスクワで知り、畏れ多くまたありがたく存じております」そう本誌にコメントを寄せてくれたのは、中満泉さん。10月20日に83歳を迎えられた美智子さまは、お誕生日に際し「この1年を振り返って」のご感想を文書で寄せられ、《中満泉さんが国連軍縮担当の上級代表になられたことは、印象深いことでした》と記された。中満さんは