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「安定して真っ直ぐ飛ぶドライバーはもちろん、2015年はなんといってもパッティングの精度が上がったこと。平均パット数、パーセーブ率などがトップ。2014年まではパッティングのいいときと悪いときに幅があったが、2015年はいかに安定していたかがわかる。ボギーになると思ったところで、パーにしてきたシーンが要所要所で見られた。それと、亡くなったお父さんのために賞金女王になるという思い。精神的に本当に強かった」

 

こう語るのは、2014年の韓国賞金女王として日本ツアーに参戦して以来、イ・ボミ(27歳)を取材してきたキム・ミョンウ記者。韓国語でも取材できることから、ボミの信頼は厚い。実力、美貌、そしてファンサービス……。日本でいちばん愛される韓国人ゴルファーとなったボミ。

 

「来日したころは、まったく日本語を話せなかったので、キャディの指示のニュアンスがわからず、コースに慣れるのに苦労していた。それもあり、1年目こそ優勝はなかったが、韓国へ帰るとはひと言も言わなかった。日本のコースが合わずに韓国へ帰る選手が多いなか、本人の努力もあり、日本への順応は早かったです」(キム・ミョンウ記者)

 

現在、ボミのファンクラブ「日本ファンカフェ」の会員は約3000人。安部陸氏(60歳)は、ボミの来日5年の節目で、会長職を2代目に譲ることにした。そもそも、ボミの亡き父・ソクジュさんの依頼で、このファンカフェを立ち上げた。

 

「ボミプロを賞金女王にするというソクジュさんとの約束を果たせましたし、ボミプロは名実ともに日本を代表するアスリートに成長しました。彼女には、2015年の記録を塗り替えてほしい。簡単ではないですが、いまのパフォーマンスなら、不可能ではないと思います」(安部氏)

 

5年前の来日以来、ボミが“日本の父”として慕う安部氏は、彼女が愛される理由をこう語る。

 

「(ボミプロは)とにかく思いやりがあって、人との接し方が素晴らしい。たとえばファンカフェで食事会をすると、大皿に載った料理を一人ずつ、小皿に分けて取ってくれるんです。会員に目を配っていて『◯◯さん、料理足りますか?』と。また、富山での試合が長引き、ボミプロは帰りの飛行機に間に合わなかった。私が車で千葉まで帰るので、ボミプロたちを乗せて東京のホテルまで送る際、高速で群馬を通過した。そのとき『ファンの◯◯さんはこの辺から応援に来てたんだよ』と言うと『こんな遠くから来てくれたのに、今日は成績が良くなかったので帰り道がつまらなかったのでは。次はもっと頑張ります』と。サインだって、まわりが止めるまで書き続ける。ボミプロのそういう温かい人間性に、みんな惹かれていくんです」

 

(FLASH 2016年3月8日号)