里谷さんは、そのころ“新入社員”のつもりで心がけたことがあると振り返る。
「年下の社員にも敬語で《さん》付けで呼びました。たぶん周囲には、逆に『距離を置かれている』と思われていたと思います。もしくは、『変わった暗い女』だと思われていたかも(笑)。現役時代、オリンピック前には《入賞できなかった》夢を見たんですが、今度は、翌日の会議で話す場面の夢を見るようになりました。そういう緊張感が、最初は続いていましたね」
’14年6月からイベント営業の担当となり、現在の肩書きは「イベント事業センター・販売企画部・プロデューサー」だ。
「業務内容は、協賛をいただくクライアントに出向いてのお打ち合わせや、イベントのプレゼン、チケットの販売など、多様です」
いままで手掛けた大規模のイベントはというと……。
「’16年から毎年開催している『アンチエイジングフェア』というイベントでは、30社くらいのスポンサーさんを募り、企業さんの福利厚生に利用していただいたりもしています。もちろん、新規営業もしますよ。クライアント経由も含めて、いろんなつながりができ、いろんな経営者さんとの輪も広がるんです」
いま、テレワークの導入が全国的に急ピッチで進められている。世の中はますますオンライン化の方向に進むことは間違いないが……。
「自分が『古いなぁ』と思う部分もありますので、自分より若い人に、仕事でわからないことを聞いたりしています。聞くことは恥ではないんですね。それから、スキーが好きな人を紹介してもらったり、あいさつにうかがって名前を覚えてもらったり、そのあたりはフツーの営業さんとなんら変わりなくしています」
初対面の人などは、里谷さんを「金メダリスト」と知らないことも多くなってきたのだという。
「ええ、いまは、私のことを『金メダリスト』とご存じの方のほうが少なかったりします。お仕事の相手は20代前半の場合も増えてきましたからね。『里谷さんって、スキーがお好きなんですか?』とかね(笑)。そんな会話から、コミュニケーションができていきます。だから、『競技をしてきてよかったな』と思うのは、『金メダリスト』とわかってもらったときなどではなく、どなたにも積極的にお会いしに行けることと、堂々と商談を進められること。それは、選手時代の大舞台の経験が生きているんだと思います」