■コーチがかけるはずの言葉を自ら…
このような独り言の効用について、精神科医の視点から、岡田クリニックの岡田尊司院長に詳しく解説してもらった。
「一般的には、ストレスを感じたときに、独り言で自分の気持ちを吐き出すことで、心のバランスが取りやすくなります。
また、認知行動療法で使われる“自己教示法”にも独り言が取り入れられています。『落ち着け』などと自分に対処を教えるもので、羽生選手が練習中に『信じろ』などと言っているのも、そうした方法でしょう。
また、古くから使われる“自己暗示法”もあります。これは病気の際に『よくなる』と言い続けることで難病さえ改善するというものです。たとえば『大丈夫だ』『できる』と自分に言うことで、実際にパフォーマンスが高まる効果があります」
さらに岡田院長は、独り言の多いタイプについてこう語る。
「どちらかというと内向的な人、自分の内側に注意が向きやすい人のほうが独り言が多いです。外交的な人は外に話す人がいるので自分で話す必要がありません。羽生選手もそういうところがあるのかもしれません。
ただ、彼の場合はやはりコーチがいない状況であることが大きく影響していると思います。コーチの役割を自分でやっているということなのでしょう。本来ならコーチがかけてくれる言葉を、自分で自分にかけているのです」
そこには、コーチから言葉をかけられる以上の利点もあるようだ。
「コーチ、つまり他人に頼るということは、その人に左右されるというマイナス面もあります。コーチからいい反応がないと気になってしまいますし、コーチも人間だからいつも万全とは限りません。特に、何かを極めている人には、他人から言われることがむしろ邪魔になる場合もあるのです。
ですから、頂点に行きついた羽生選手のような人にとって、独り言が増えるのは自然であり、必要なことなのです。自分と対話し、自分で分析し、客観視するということを、常にしながらスケートをしているのでしょう」(岡田院長)
迫る北京での決戦で羽生が自分に対してかける言葉は、どのようなものになるだろうかーー。