「現地でも『ゆづはどこ?』『まだ来ないの?』と羽生選手の“不在”が話題でした」(スポーツ紙記者)
4日に開幕した北京五輪。同日に行われたフィギュアスケート団体の予選では、米国のネイサン・チェン(22)と日本の宇野昌磨(24)が、ともに自己ベストを更新。7日には日本史上初となる団体戦で銅メダルを獲得と、最高のスタートを切った。
その一方でこの日、羽生結弦(27)の姿は北京になかった。
男子シングルは8日から行われるため、その本番ギリギリまで羽生は現地入りを控えていたようだ。北京に入ったのは本番2日前の6日だった。
「日本で最終調整をしていたようです。北京と日本の時差は1時間ですし、フライト時間も長くないですからね」(フィギュア関係者)
今回、羽生は団体戦に出場しなかったわけだが、
「団体戦メンバーを決めるのは日本スケート連盟の上層部ですが、選手が希望を伝えることはできます。羽生選手が『シングルに集中したい』と申し出た可能性はあります」(前出・フィギュア関係者)
選手たちは、団体戦に出ることで、五輪の雰囲気に慣れることができるというメリットもある一方、体力を消耗してしまう懸念がある。
団体戦に出なかったことが本人の意思であるかは定かでないが、羽生は今回の北京五輪で衝撃的な別の一つの“決断”をしている。
「コーチであるブライアン・オーサー氏(60)が羽生のリンクサイドに立たないというのです」(前出・スポーツ紙記者)
’12年から羽生が師事するオーサー氏は、今回、別の教え子のいる韓国選手団の一員として北京入り。
ただ、それは前回の五輪と同様。当時は五輪会場で羽生を含めほかの国の教え子たちの指導もしており、本番ではリンクサイドで羽生を見守って金メダルの喜びをともに分かち合っていた。今回も同様のやり方で羽生をサポートするのかと思われていたのだが……。
「北京入りしたオーサー氏は、通信社の取材に、“私がリンクサイドに立たないのは結弦自身が決めたことだ”と話しました。また、報道陣から羽生の現状について聞かれても何も知らなさそうな様子でした」(前出・スポーツ紙記者)