2月10日13時14分。北京オリンピックのフィギュアスケート・男子フリーの会場となった北京・首都体育館に、17番目の滑走者として「ユヅル・ハニュウ」の名がアナウンスされた。
2日前のSP(ショートプログラム)では、スケート靴の刃がリンクの穴にはまるという思いがけないアクシデントで8位に。トップの米国ネイサン・チェン選手(22)とは18.82点差となり、ソチ、平昌に続く五輪3連覇は遠のいたが、世界中の目は、このフリーでの「4回転アクセル」へのチャレンジに集まっていた。
4A、4回転半ジャンプとも呼ばれ、唯一、前向きに跳び着氷は後ろ向きという高難度で、いまだ公式戦で成功例のない前人未到のジャンプだ。
そして羽生本人にとっては、フィギュア人生を懸けた、まさに自分との闘いの場となった。
「アクセルはジャンプの王様。お前が4回転アクセルを最初に跳ぶんだ」
幼い日に指導を受けた都築章一郎さん(84)の言葉を胸に、抱き続けてきた夢。それが、4Aだった。
リンクに羽生のフリーの曲『天と地と』が流れ始めると、冒頭から果敢に4Aに挑んだがーー。転倒! 白い氷の上に投げ出された蒼い衣装に、思わず悲鳴が漏れる。続く4回転サルコウも転倒となったが、その後は持ち直し、彼らしく演技を終えた。
キス・アンド・クライで得点を待つ羽生の表情は、それでも前々日のSPのときとは違い、悔いなくやり切ったという思いがにじんでいるように見えた。
フリーの結果は、1位がネイサン・チェン選手、2位が鍵山優真選手(18)、3位が宇野昌磨選手(24)で、羽生は見事な追い上げを見せ4位入賞。
どんな逆境にもくじけず、諦めず、いつも上を目指して勝ちにいく姿に多くのファンは喝采を送り、世界中が心動かされた。
持ち前の負けん気やチャレンジ精神に支えられた彼の美学の萌芽は、フィギュアを始めた“やんちゃなユヅ”のころにまでさかのぼる。