男子フリーの演技を終えての笑顔には、確かに“やり切った”という思いが見えた。
五輪を2連覇して、もはや勝ち負けを競うレベルは超えていたという。彼が幼いころからの夢だった、まだ誰も跳んだことのない4回転アクセルへの挑戦が、3度目の五輪への出場を導いた。
私たちはその結果を知っている。だが、自分への限界に挑戦し続けるその美学は、試合が終わっても私たちの心に、いつまでも響くだろうーー。
2月10日13時14分。北京オリンピックのフィギュアスケート・男子フリーの会場となった北京・首都体育館に、17番目の滑走者として「ユヅル・ハニュウ」の名がアナウンスされた。世界中の目は、このフリーでの「4回転アクセル」へのチャレンジに集まっていた。
4A、4回転半ジャンプとも呼ばれ、唯一、前向きに跳び着氷は後ろ向きという高難度で、いまだ公式戦で成功例のない前人未到のジャンプだ。そして羽生本人にとっては、フィギュア人生を懸けた、まさに自分との闘いの場となった。
「アクセルはジャンプの王様。お前が4回転アクセルを最初に跳ぶんだ」
幼い日に指導を受けた都築章一郎さん(84)の言葉を胸に、抱き続けてきた夢。それが、4Aだった。
リンクに羽生のフリーの曲『天と地と』が流れ始めると、冒頭から果敢に4Aに挑んだがーー。
転倒! 白い氷の上に投げ出された蒼い衣装に、思わず悲鳴が漏れる。続く4回転サルコウも転倒となったが、その後は持ち直し、彼らしく演技を終えた。キス・アンド・クライで得点を待つ羽生の表情は、それでも前々日のSPのときとは違い、悔いなくやり切ったという思いがにじんでいるように見えた。
フリーの結果は、1位がネイサン・チェン選手、2位が鍵山優真選手(18)、3位が宇野昌磨選手(24)で、羽生は見事な追い上げを見せ4位入賞。
どんな逆境にもくじけず、諦めず、いつも上を目指して勝ちにいく姿に多くのファンは喝采を送り、世界中が心動かされた。