■日本ハム時代の同僚が一平本人に直撃「通訳より僕がしんどかったことは…」
’18年、大谷はエンゼルスに入団する際、水原容疑者を通訳に選んだ。本人の努力や徹底的な自己管理が二刀流として成功した一番の要因だが、彼のサポートも大きかった。『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2024』(廣済堂出版)の編著者である友成那智氏はこう語る。
「エンゼルス時代、水原氏は通訳のみならず、キャッチボールの相手や運転手を務めたうえに、練習のデータも計測していたと聞きます。通常業務の範囲を超えて、貢献していた。大谷が’21年にMVPを獲得した直後、エンゼルスは水原氏に『最優秀通訳賞』を贈ったほどですからね」
大引氏は’20年2月にコーチ留学をした際、キャンプ地に赴いて2人と再会していた。
「2人がキャッチボールを終えた後、『一平ちゃん、うまくなったね』と私から話しかけたら、『いやぁ、通訳より何より、これがいちばんしんどい』と憂鬱な表情を浮かべていました。世界一の選手の練習パートナーを務めるプレッシャーを感じながら努力しているんだなと思いました。へたなりに頑張る姿が翔平もうれしかったはずなのに……」
水原容疑者は一時期、大谷の誰にも明かさない本音を聞いていた。
《翔平は基本、野球の自己評価がめちゃくちゃ低いんですよ。ほかの選手のことは『すごいなあ』とか言ってすごく褒めるんですけど、僕が『いや、自分の方が全然すごいじゃん』みたいに言っても『いやいやいや』と。謙虚とかそういうレベルじゃない。なんなんですかね(笑)》(’22年11月11日配信/NHK WEB特集)
この特集内で、大谷は野球に身をささげる覚悟を示していた。
《1日のできることをなるべく野球に割いて、野球の中で獲得できるものを多くしたいな、と。
(中略)無駄な時間というか、リラックスする時間すらもちゃんと管理したいし、野球に専念するところはしたいし、寝る時間もちゃんと管理したい。もし6歳ぐらいからそういう考えでできていたら、もっといい選手になれたと思います》(前掲・NHK WEB特集)
だが、いちずに邁進する純粋な心は身近な相棒に利用されていた。
水原容疑者はイチローやダルビッシュなどの活躍で日本が世界一に輝いた’09年のWBC決勝をドジャー・スタジアムで生観戦し、野球の仕事への憧れを強くした。そんな彼にとって、自らも通訳として参加した昨年3月のWBC優勝は絶頂の瞬間だっただろう。
大谷は投手として2勝1セーブ、打者として23打数10安打で打率4割3分5厘、1本塁打、8打点の成績を残し、MVPを獲得した。花巻東高の同級生である山根さんはLINEで大谷とやり取りした。
「初戦のあとに『ナイスピッチ!』と送ったら『Thank you、Thank you!』、優勝した日に『世界一おめでとう!』と打ったら『ありがとう!』と返信がありました。昔からWBC制覇を目標にしていたし、翔平も本当にうれしかったんでしょうね」
それから1カ月後、真美子さんは現役を引退。会見では「決めた理由ですか? う~ん……本当にいろいろあるんですけれど……難しいな」と言葉を濁していた。
「彼女はお菓子作りが得意でケーキはスポンジから作っていました。将来の夢は『お母さん』と言っていたと聞いて、納得しました。だから、料理にも熱心だったんだなって。退団時は『フードマイスターの資格を取って、食べて元気になれる料理を考案したい』と話していました」(前出・実業団時代の知人) 前出の『Number』で、大谷は《作ってもらって美味しかった料理は何でしょう》と聞かれ、《彼女としては作るのが難しい料理を言ってほしいんでしょうけど……へへへ。僕はカレーがやっぱり美味しかったですね》と話している。
【後編】大谷翔平 韓国で水原氏の裏切りが発覚…真美子さんの言動が韓国人の心を打った理由《人生激変の3年間証言集》へ続く
(取材:シリーズ人間班/文:岡野誠)