■酒をやめられなければ5年生存率は35%に
2023年3月、弘樹さんは絵美さんと長男に説得され、車いすに乗せられて、アルコール依存症の専門クリニックを受診。
「アルコール依存症」と診断され、翌月から3カ月、治療入院した。入院期間を弘樹さんが振り返る。
「入院して1週間で、病院を脱走しました。監視カメラに映らないように駅のほうに向かって歩いたんですが、途中の路上でスタッフの方に確保されてしまいました」
退院後も酒への欲求は治まらず、妻の目を盗んで飲酒を繰り返した。絵美さんが述懐する。
「主人はなじみのコンビニに行っては、支払いもせずお酒を持って帰ってきてしまうことがありました。その都度、私がお店に行って代金を支払って、謝って……」
2024年11月にはアルコール性の肝硬変と診断された。肝機能の値「γ-GTP」が6千を超えており、成人男性の正常値50の120倍だった。
国立健康危機管理研究機構・肝炎情報センターによれば、アルコール性肝硬変と診断された後も飲酒を継続した人の5年後の生存率は35%だという。
それから計3度、入退院を繰り返したが断酒できず、もはや支える絵美さんも限界だった。
「最後は『また飲むんでしょ』と、夫に対してあきらめの心境でした。ぜんぜん断酒できないんだから、余命宣告に等しいわけで、入院しても『せいぜい延命でしょ』と」
そんな、夫婦ともどん底の状況で迎えたのが、冒頭の2025年10月18日だったのだ。
「食道静脈瘤の治療を終えて、今年1月に僕は帰宅しました。その後、打ち込むもの、熱中できるものをと思い、妻の歌の師匠のところに、いっしょにボイストレーニングに通うことにしました」
弘樹さんは生死の境をさまよった昨年10月18日以来、今日までの1年間、断酒を続けている。その最大の後押しとなったのが、弘樹さんのために絵美さんが今年1月に書いた冒頭の歌詞『酒はいらん!』だった。絵美さんが振り返る。
「それまで何度も再発してきたけれど、これで最後にしないと主人が死んでしまう……。歌詞にして、自分で歌い込めば、リフレインして、潜在意識に刻み込まれるはずです。主人はしつこいから、絶対に生き残るという思いを込めました」
弘樹さんはこう話す。
「歌詞には僕の心境がストレートに書かれていました。『お酒のない人生が、俺の人生。新しく生まれ変わった』と自分自身に言い聞かせるように、歌っています。本当に、ゼロから生き直そうと思えたんです」
こうして「歌う」ことに情熱をぶつけることで、弘樹さんには新しい目標ができたのだ。
■歌うことで断酒を継続、夫婦で戦っていく
10月7日にはSNSを更新し、肝硬変で小さく委縮していた肝臓が《以前より大きくなってきていて、溜まっていた水も全くなくなっていました》と報告。現役当時を彷彿とさせるような素早いフットワークも披露した。ジムには会員の足が戻ってきて、入会希望者が増えている。
今後はアルコール依存症患者や家族のために、講演活動も積極的に行っていく予定だ。絵美さんは、ちょうど1年前、自暴自棄だったころを思い返す。
「それでも離婚だけは考えませんでした。もしも離婚しちゃったら、主人は野垂れ死んでしまうだけ。 あのころは、暴言を吐かれても『主人が言っているんじゃない。依存症が言わせているんだ』と思い込むようにしていました。それだけの愛情は、残っていました」
そう、20年以上寄り添ってきた夫への愛情が、いまも絵美さんにはたくさん残っているのだ。
「じつは2つ目の歌詞も書き上げました。今度は主人のボクシングの師、エディ・タウンゼントさん(享年73)への感謝を込めたんです」
夫婦の愛情と絆は、アルコール依存症をも克服するのだ。
画像ページ >【写真あり】自宅マンションのエレベーターホールで寝込んでしまった井岡弘樹さん(他1枚)
