(写真・神奈川新聞社)
県が所有し、県民ホール(横浜市中区)に保管されていた世界的な版画家・棟方志功の作品が消えた。カラーコピーの偽物にすり替えられていたが、時期は分かっておらず、盗まれた可能性もある。誰の仕業なのか、本物はどこにあるのか。謎は深まり、お粗末ぶりも露呈している。
「額を外した瞬間、完全にカラーコピーだと分かった。どんな素人が見ても『これはもう』というレベル」。同ホールの永井健一副館長がその時受けた衝撃は、今も言葉でうまく表現できないほどだった。
本物は和紙に刷られていたが、額の中から出てきたのは普通紙。台紙ごとコピーされていた。よほど慌てていたのか、上下逆さまの状態で額の裏ぶたに貼り付けられており、額をつり下げるひもを通すための金具を付け替えた痕跡もあった。
偽物と分かったのは2014年5月。県立近代美術館(鎌倉市)で一般公開した際、観覧者の指摘がきっかけだった。それ以前は、主に同ホールの館長室に30年近く展示しており、一般の来館者が立ち入れる場所ではなかった。
誰が、いつ、どうやってすり替えたのか。
同ホールの事務所には4台のコピー機があるが、A3サイズ以上は複写できないという。作品をコピーするために一時、外に持ち出した可能性もある。「泥棒ならそのまま持ち去るはず。なぜ、わざわざすり替えたのか」。同ホールの担当者は首をかしげる。
同ホールの緞帳(どんちょう)の原画として1974年に入手後、県外の制作会社に預けた経緯があり、「その過程ですり替えられた可能性も捨て切れない」(県関係者)。ただ、カラーコピー機は当時、現在ほど普及していなかった。
偽物と判明してから今月17日の公表まで3年近く、「何の措置も講じてこなかった」(黒岩祐治知事)。同ホールの指定管理者「神奈川芸術文化財団」の薄井英男専務理事は「館内を徹底的に捜索したり、歴代館長らに聴取したりして対応が遅れた」と釈明する。
県と同財団は17日、盗難の可能性もあるとみて加賀町署に相談したが、購入時に本物だったかなどの確認事項を指摘され、被害届は受理されなかった。公表後、ネット上では「犯人はルパンか、キャッツアイか」などの書き込みが相次いだ。
すぐに偽物だと分かりそうだが、なぜ気付かなかったのか。
同ホールの担当者は「長年飾られており、当然本物という思い込みがあった」。偽物と疑ったことはなかったという。「安い紙でも経年劣化が進むと、変な味わいが出る。逆にそれが作品の雰囲気になり、本物に見えてしまった」とも話す。
ある芸術関連施設の学芸員はあきれ返る。「紫外線が当たったり、室温が管理されていない部屋に価値のある美術品を置いていたり。そのこと自体がおかしい」。外部からの指摘で発覚した経緯についても「非常にお粗末としか言いようがない」と切り捨てる。
県民の財産といえる貴重な芸術品の紛失。公表から一夜明けた18日の定例会見で黒岩知事は謝罪し、感想をこう述べた。
「こんなことがあるとは信じられなかった。ミステリーのような出来事」