(写真・神奈川新聞社)
「負傷者は26人。死亡してもおかしくないほど大量出血していた人もいた。重傷者ばかりだった」。19人が殺害された相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件。現場には、30台の救急車で駆け付けた救急隊員の姿があった。多くの命が救えなかった一方、消防、医療関係者が必死に連携したことで、救えた命もあった。
「刃物を持った男が暴れている」「3人以上が刺されている」-。相模原市消防局に事件の一報が入ったのは昨年7月26日午前2時56分。午前3時2分ごろ、津久井署員と同時に最初の救急隊員が現場に着いた。
「中に容疑者がいる可能性が高く、刃物を持っている」。救急隊員は耐刃ベスト、消防隊員は銀色の防火衣を着用するよう指令が飛んだ。
現場で指揮に当たった津久井消防署の関口晃嗣警備課長は振り返る。「消防訓練も実施しているので園の構造は頭に入っていたが、どういう状況で事件が起きたのか、見当もつかなかった」
午前3時20分に津久井署員、案内役の園職員とともに計9人が最初に建物内部に入った。最初に見付けた被害者は西棟1階の4人。2人は心肺停止、2人は重傷と判断した。西棟1階奥、さらに東棟(女性専用)1階にも負傷者がいることが判明していった。深夜で見通しが悪い上、建物が広く、クランク型の建物構造が状況把握を遅らせた。
5人もの死傷者に対応する事態は、市の想定を超えていた。市内全域でその日稼働できる救急車は17台で、14台が現場に集まった。要請を受けた座間、綾瀬、海老名市から各1台。隣接する山梨県上野原市は2台、東京消防庁からは11台もの応援があった。
それだけではなかった。医師が乗り、車内で治療ができるドクターカーも日本医科大学多摩永山病院(東京都多摩市)、北里大学病院(相模原市南区)、東海大医学部付属病院(伊勢原市)から計3台が駆け付け、5人の医師が現場で治療や死亡確認を行った。近隣5カ所の救急救命センターと町田市民病院(東京都町田市)に搬送した26人全員が命を落とさずに済んだ。
日ごろから覚書や協定を締結していたことが、市外からも現場に駆け付けるスムーズな連携をもたらしたという。市は事件後、10人以上の被害者が想定される事故などに対応する計画を見直し、出動を12隊に倍増させ、5月1日から運用している。
最後の救急隊が軽傷の負傷者を乗せて津久井やまゆり園を出発したのは午前7時35分。消防隊・救助隊は午前9時すぎに現場を撤収した。
関口課長は「救えなかった19人もの命があったのはショックだった」と語る。全力を尽くしても、たった一人の犯行によって多くの命が失われた現実。それでも、現場にいた消防・救急隊135人は命を救うことに全力を尽くしたと思っている。
「市境、都県境を越えた仲間の応援は本当にありがたかった」