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連載第31回 全米からのマー君への励ましが意味するもの

メジャーリーグの名門球団ニューヨーク・ヤンキースで活躍するマー君こと田中将大投手やジーター主将は、実に多くのことを私たちに教えてくれていると国際弁護士ユアサは確信しています。

 

チームメートに支えられマー君の大活躍はとどまるところを知りませんが、仮に7月半ばのオールスター戦に、新人ながら先発ピッチャーとして選ばれればメジャー史上4人目の快挙となります。外国人選手としては過去に、メキシコの英雄フェルナンド・バレンズエラと日本のパイオニア野茂英雄さんがいます。
バレンズエラが母国メキシコの顔であると同時にアメリカの顔ともなった道を今、我らのマー君がたどっているのは間違いありません。

 

リアルタイムでバレンズエラを目撃したユアサに言わせると、「フェルナンド・マニア」と呼ばれる熱狂的ファンが全米で大量出現した大きな理由は、彼の天高く振りかぶる独特の投球フォームが、「正々堂々として潔い」と感動をもって迎えられたからということになります。そして、マー君がそのバレンズエラ以上に全米をとりこにしている秘密は、やはりこの「正々堂々さ」にあるとユアサは見ています。

 

その正々堂々さとは、本調子でなくてもピンチで決してファイティング・スピリットを曇らせることなく、技術とガッツを尽くして戦い抜く潔さにあります。
マー君が近い将来、アメリカの顔になることを、国際弁護士ユアサはここに断言します。
これまでよく日本のメディアでは「スポーツは国境を超える」と言われてきました。しかし、今や状況はもっと情熱的です。マー君は、国境を越えただけではなく、国籍を超えて愛を惜しみなく注がれるシンボルとなってきているのです。

 

こうした絶好調時には、選手は調子をキープする努力をするというのが日本の常識ですが、アメリカの常識はまったく違います。調子の維持は努力以上に、天才のなせる技と考えられているのです。ウォール街のことわざで言えば、「世界有数の頂に登ることができる才能と努力の人は稀だが、そこに居続ける人はもっとまれだ!」ということになります(仮にそんな登山家がいたら、環境破壊でけしからんとなりますが、ここでいう山とは本物の山ではなくて、成功のピークというたとえ話です)。
ピークの局面ではテンションが上がりすぎて、心理的余裕がなくなり、ついつい気分転換しようとしますが、それがしばしば予想外の疲労こんぱいをもたらすというのがウォール街の教えなのです。

 

ヤンキースの至宝にしてアメリカの顔でもあるジーターが、マー君の食生活が内助の功でバランスがとれ、充実していることを耳にして、田中家の食卓にお呼ばれすることを楽しみにしているとの、心温まる報道が日本でなされています。
名選手ジーターが食生活でも勉強熱心なのは当然のこととして、新人のマー君に常にベストでいるコツを、ベストのタイミングで温かく教えてくれようとしている、とユアサはそのニュースを聞いて感じました。

 

経験不足の1年目のプレーヤーに必要なものは、先輩からの心の底からの思いやりです。その意味では、田中家の食卓にお呼ばれされたいというジーターの言葉は、ユーモアセンスあふれる〝思いやりあふれた励まし〟なのです!
アメリカ社会では「おもてなし」することだけでなく、「お呼ばれされたい」という提案もまた温かい思いやりの極致なのである、と国際弁護士ユアサは確信しています。

 

予想外の疲労を招くと先ほど記しましたが、ビジネスマンにとって気分転換を上手にやることは極めて難しいという例をウォール街で見てみましょう。

 

国際弁護士ユアサが20件近い巨額取引に忙殺され、ようやく週末だけは休みがとれそうになったときの話です。ユアサが2歳年上の親友アメリカ人弁護士に、
「気分転換にトンボ返りだが、西海岸に往復で週末旅行して来ようと思う」
とランチの時にポツリともらしたら、彼はすかさずこう言いました。
「アイ・ウォズ・ゼア!」(直訳すれば「僕もそこにいた!」ですが、意訳すると「僕にも仕事の山で息が詰まった経験がある!」となります)
そして、こう付け足したのです。
「自分も気分転換を図ったが、仕事など理由はいろいろでも、結局は疲労を積み重ねるだけの結果となってしまった・・・・。旅行はそれ自体を一番の目的にすべきだ。だから、今回もタカシならダンスで鍛えた体力があるから、気分転換なしで頑張れるんじゃないか?」

 

アメリカ人の先輩弁護士に〝強引な激励〟をされたとき、初めてハッと気が付きました。
「アメリカでは友達の励ましこそ、最高の気分転換の提供なのだ」と。
ユアサが「サンキュー! おかげでたった今、いい気分転換できたので、週末も働くよ!」と言うと、彼は椅子から笑い転げ落ちていました。

 

日本では先輩の励ましというと、99%は温かみで、残りの1%はいい意味での兄貴的なアドバイスが含まれている気がします。いうなれば、励ましとは力付けること、なのです。
しかし、ウォール街では、励ましは先輩からだろうと同僚からだろうと100%が温かみであり、同時に絶賛でもあります。ウォール街の励ましは力付けというより、気分転換させてくれる人間味の象徴なのだと言えます。
そう考えると、全米が今、マー君に100%の絶賛を送っているのは、気分転換の場を提供しようとしている温かい気持ちの表れである、とユアサは分析します。

 

ここアメリカではマー君は日本人選手とは認識されておらず、社会を構成する一員としての位置づけを獲得しているのです。
だからと言って、これはスポーツが国籍を超えるという話とは少し次元が異なります。
スポーツが国境を超えるということは、マー君がメジャーの一員として契約する以前にすでに達成されており、現在の彼への全米からの絶賛は国境を越えての応援どころのレベルではありません。隣人として、仲間として気分転換をさせてあげようという、ご近所付き合いの思いやりというほうが実態に即しているといえます。
いわば、全米がマー君のトモダチとして、彼の登板試合に、そして彼の人生にもお呼ばれしているのです。

 

これはメジャーリーグならではの話です。というのも、アメリカには「ベースボールは人生そのものだ」という有名な言葉があるからです。
ベースボールが一つの人生として完結しているので、マー君にはできるだけ遠い未来まで中4日のペースで素晴らしいピッチングをし続けてもらわなければならない、と多くのアメリカ人が考えています。
なぜなら、スポーツを愛する人々の辞書には「疲労困憊」の4文字はないからです。そう考えると、今注がれている絶賛が、実は単純な賞賛だけとも言い切れないわけです。

 

いろんな意味で、メジャーリーグは大変です。
だからこそ、マー君のかけがえのない味方・ジーターの存在は大きいのです。
さらに、恐ろしくやりがいのある山に登ったのは本人の意思ですから、その場所に居続ける鍵は彼と愛妻・まいさん2人の手に握られています。
アメリカは夫婦単位で動く社会なので、当然そうなるのです。

 

さて、全米からの絶賛を、力付けだがややプレッシャーも含まれているかも、と受け止めるのは、アメリカ的ではありません。やはり、気分転換の機会も提供しようとする全米のトモダチの情熱的な思いやりと考えるべきでしょう。

 

アメリカの新たな顔として、頑張りに次ぐ頑張りを全米に見せつける、限りなく続く大舞台がマー君の前に広がっています。彼はこの先もそこで実力を発揮し続けることを、国際弁護士ユアサは改めて保証します。
そのとき、マー君だけでなく、彼を応援し続ける日本人ファンの素晴らしいスポーツ愛をもアメリカ社会はしみじみ共有することでしょう。国境を超えスポーツ愛のシンボルとなったマー君は、日米の温かみあふれる新しい時代の絆となるのです。

(了)

 

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