「世の中には、手の込んだテレビゲームがあるけど、これだけ複雑ではまり込むゲームはないです。たった81マスですが、一手変わると数億手に広がると言われているくらい。将棋盤は、まさしく宇宙なんですよ!」
にこやかに語るのは、日本将棋連盟から将棋親善大使に任命されたばかりの、タレントのつるの剛士さん(39)。芸能界屈指の将棋通で、腕前もアマチュア三段。今月中旬には女流棋士との対局、対談をおさめた『つるの将棋/女流七番勝負』(幻冬舎エデュケーション)が発売される。
「男性棋士は手を抜いてくれたりするけど、女流棋士はきれいな人ばかりなのに、からいっすね(笑)。でも、将棋には駒落ちなどのハンディもあるから、アマチュアがプロに勝てることもあるんです。もう、最高にうれしいですよ」
そう言いながら「せっかくだから指しましょうよ」と、居ずまいを正して駒を並べるつるのさん。初心者の記者と対極しながらの取材に――。
「子供のころから駒の動かし方はオヤジに教えてもらっていたんですけど、絶対に負けてくれなかったから、面白くなくてそれっきりに。それが芸能界に入って、移動や待ち時間が長くなってきて、将棋をやるように。もう、一気にハマりました」
新宿の将棋センターに毎晩のように通った。平日でも深夜まで、土曜にはオールナイトで指し続けた。
「今の道場はだいぶ女性も多くなってきたけど、ボクが行くのは夜中だったし、場所は新宿だからおじさんばかり。でも、ここに集まる人も魅力的でおもしろいんですね。一日中チョコレートを食べている人や、集中しすぎてたばこをフィルターまで燃やしてやけどしそうになる人もいて。みんな初心者のボクをかわいがってくれました」
つるのさんは盤上を見つめ腕を組みながら考えた末、厳しい一手を指す。記者を窮地に追い込みながら、将棋の駒について語る。
「仕事上の人間関係でも、駒に見立てることで自分の役割が見えてくるんです。たとえばトーク番組に出るとき、司会者が『玉』(王将)だとすると、あのタレントさんが守りの要の『金』で、ボクは攻めを助ける『歩』だなとか(笑)。まあ、家のなかでは、やっぱり奥さんが『玉』のことが多いですけど」
家庭では、小5の長男と将棋を指す。アプリやテレビゲームの対局でも強くなるが、人との対局が人間力をつけることにつながるという。
「盤をじっと見て考えるから、あまり対局中にしゃべりませんが、息子はちらちらボクの表情を見るんですね。自分の指した手にボクの表情が変わると『厳しい手だった?』って、あとで聞いてきたり。生身の人間と真正面から向き合うから、人の表情を読み取る訓練にもなっています。また、負けを認める潔さも身に付くんですね。本当はすごく悔しいんですけどね」
そう言って最後の一手を指すつるのさん。記者はたった15分でコテンパンにやっつけられてしまった。たしかに悔しい! でも“もっと勉強して強くなりたい”と思うのは、やっぱり将棋の魅力なのだろう。