「最初の訪問は去年の11月20日でした。『初めてお会いした気がしません』と小百合さんがおっしゃったから、『私もなんです』と言っちゃったわ。でも、まさか私の役を小百合さんが演じるなんて」
そう話すのは玉木節子さん。千葉県安房郡の明鐘岬の突端にたたずむ、コーヒーとジャズがウリの小さな喫茶店「岬」を36年間守ってきた女店主だ。
その「岬」をモチーフにした映画『ふしぎな岬の物語』(成島出監督)が1日、カナダのモントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞。そこで、同作品のプロデュースと同時に、岬の女店主を演じた主役の吉永小百合(69)との撮影秘話を、玉木さんに語ってもらった。
「小百合さんが毎日、必ずうちに寄って1杯のコーヒーを飲んでいくものだから、ほかの俳優さんやスタッフさんも集まるようになって。楽屋みたいになっていました」
11月の初対面から数カ月後の今春からスタートした撮影は、本物の「岬」の横にセットを作って行われた。玉木さんによると、吉永の好みは裏山の湧き水で入れたコロンビアやモカなどのストレートコーヒーだとか。
「うちのオリジナル特製バナナアイスも『おいしい』って食べてくれました。共演の鶴瓶さんがみえたときは、『小百合さんに聞いていて、ずっと来たかったんです。このコーヒーはまさにお母さんの真心の味ですね』って」
ある日のロケ終了後、突然吉永が一人で来店したことがあった、と玉木さん。吉永は、「ここは、ずっといたくなるようなお店ですね」とだけ言うと、コーヒーカップを手に岬のテラス席から眼前に広がる海原をじっと見つめていたという。
「夕刻の静かな時間が流れるなか小百合さんがいて……。まるで映画のワンシーンのようで、私にしたら宝物のような時間をいただきました」
主役兼プロデューサーの重責を癒す大好きなコーヒーと「岬」からの眺め。2人の絆が静かに結ばれた瞬間だった。だからこそ受賞は玉木さんにとっても大きな喜びとなった。
「お店にもお祝いの電話がかかりっぱなし。おかげでお客様も増えて、ここ数日はお昼も食べてないんですよ。小百合さんも受賞されて、きっとお忙しいでしょう。落ち着いたらまたふらりと来てほしいですね。心を込めて、1杯のコーヒーをお入れしますから」