「大人になって、恋とか仕事で“願いってこんなに叶わないものなのか”と挫折を味わい、ようやく親を生身の人間として理解してあげられるようになりました。実は、子どものころに離婚してしまった両親は私にとっては親らしくない親で、どこか嫌悪感を抱いていたんです。だから親の痛みに目を向けてこなかったけれど、やさしい気持ちで見られるようになったのかなぁ」
シンガー・ソングライターの安藤裕子(37)。ふんわりとした外見や雰囲気、癒し系の音楽とは裏腹に、心の奥底にわだかまりを抱いていたようだ。安藤自らが母親になったことも心境の変化のきっかけになったのかもしれない。
「3歳の娘を見ていると、こんなに早くから自我が芽生えてるんだ!?って驚きます。誕生直後から性格や個性ができあがっていくのは衝撃的。最近では計算高く生意気に接してくるの(笑)。大人にかわいがってもらえるとわかっていて、『抱っこ!』って甘える」
このごろは、「血族」という言葉も気になってきた。
「家族はやっぱり最終的には帰る場所だな。血のつながりって、すごい!」
中学時代から、将来は映像に関する制作の仕事に就きたいと思っていたそう。勉強のつもりで女優の仕事を始め、大学時代にオーディションの場で歌った課題曲が音楽活動への扉を開いた。去年はデビュー10周年。この10年間は離れていたが、女優としての彼女も健在だ。今回、映画『ぶどうのなみだ』で初めての本格的演技を披露している。音楽と同様、癒しの効果がある作品だ。
舞台は北海道の真ん中、空知。父親が遺した土地で試行錯誤しながらワイン用のブドウ「ピノ・ノワール」を育てる兄と、小麦畑の世話をしている弟。ある日、兄弟の前にキャンピングカーで旅人・エリカが現れた。人間関係に変化をもたらす彼女に扮するのが安藤だ。
「エリカってね、私がかつて憧れた女性像に近いような。彼女はまるで太陽みたいに輝いて人を集める不思議な人。そんなところは私の母と似ている。それに気が強くて女性的な感情の起伏が激しいところも。急にキレたり泣いたりする母を好きになれなかったけど、心の奥で憧れていたんだと思います。そう、エリカは母と重なる」
心を和ませる料理やワイン、深呼吸したくなる美しい風景。フランス映画のような透明な空気感が漂う作品になった。
「映像のオブラートで包んではいるけど、実は人の心のネガティブな部分を描いている。その苦しみをひとしずく洗い流して、1歩だけでも前進させてくれるんじゃないかな」