人間は、広い世界のほんの一部で生きている。
全てを知ることはできない。
世界のどこかには、自分の知らない何かを熱狂的に愛してる人がいる。研究する人がいる。
そんな人が集まると、小さなブームになる。
誰かの世界を、少しだけ覗いてみちゃおう。
それが「うさこの覗いた世界」なのだ…!
「オバチャーン」という平均年齢63.5歳の浪速のアイドルグループをご存知だろうか?
わたしはその「オバチャーン」の専属ライターとしても活動しているのだが、
今年の春わたしは彼女たちと一緒に中国・広西チワン族自治区という聞いたこともないような地域へ行った。
観光PRを作成するということでオバチャーンが呼ばれたので
ライター兼、謎の役職ケア係としてついていったのである。
今日は、皆さんにそこで出会った知られざる中国の一面をお教えしよう。
中国と一口で言っても、さすが世界一人口が多く世界で4番目に広い国は簡単には語り切れない。
広西チワン族自治区は日本から広州まで飛行機で3時間、そこから国内線に乗り継ぎ南寧まで行き、
さらにバスで何時間も走ったところにある田舎町である。
ベトナムの真上に位置しちょっと行けば銃を持った国境警備隊がいる、そんな地域だ。
ベトナムの文化が強く交じり、顔も彫が深い。肌も焼けている。
4月でもビシバシ太陽光が降り注ぎ30度を越す、うだるような暑さだ。
朝ごはんは中国のお粥もあればベトナムのフォー(お米でできた麺)もある。
おいしいトマトのフォー(ホテルの朝食)。
文化が入り混じるということは、選択肢が多いということでもあるのかもしれない。
わたしたちは訳も分からないままたくさんの秘境に連れていかれたが、
そのほとんどがスケールがでかすぎてやっぱり訳が分からないものであった。
例えばバスを降りて、山(かろうじて階段)に登り20分。
辿り着いた小さな小屋の中で救命ベストを着せられ、突然の川下りが始まった。
時に遊園地のアトラクションかと言うようなスピードを出すこの川下り、なんと1時間弱も続く。
もう「川下り」じゃない。「大移動」だ。
東南アジアらしいジャングル、上を見上げればコウモリだらけの洞窟…木々や岩肌スレスレをボートが走る。
為す術のない圧倒的自然を目の前にした、
この途方のなさがお分かりいただけるだろうか。
ボートを降りた後もひたすら洞窟を歩かされ、もう二度と出られないのではという不安さえよぎる。
水の上に作られた足場はぐらぐら揺れ、決壊しないとも言えない。
すぐそこの鍾乳石からはとめどなく水が噴き出す…!
泳げない都会っ子うさこは恐怖のあまり大パニックで、必死に近くの人にしがみつきながら歩いた。
人生でこれだけ長いこと洞窟で過ごしたことはない…。
この地獄の洞窟パラダイスで覚えた外の光が見えたときの嬉しさは、きっと忘れることはないだろう。
別の日には世界屈指の“天坑”へ。
300~400万年ほど前に地表運動の中でできた穴らしいが、その深さは東西に600メートル以上、南北に420メートル、深さは600メートル。
文字で見ても桁がデカすぎて訳分からないだろうが、実際見てもスゴすぎて分からない。
穴の底に広がる地下原始森林も世界最大級で、誕生は恐竜時代にまで遡る。
ここのあたりの森林や洞窟では人の手が届いていないため、新種の動物や植物が発見されることもままあるらしい。
何にしても単位が違いすぎる。
これ見渡す限り全部茶畑です。
突然牛の大群や鴨の集団にすれ違ったりもする。
日本の田舎の比じゃない。
どれだけ圧倒的な自然が傍らにボコボコ存在するかお分かりいただけただろうか?
全部スケールがでかすぎて、「美しい…!」や「キレイ…!」じゃなく
「ここで迷ったら死ぬ」「落ちたら終わりだ」と怒涛のごとく不安が押し寄せる。
わたしは割といろんな国に行ったことがあるが、そんな新種の感動を覚えたのは
はじめてのことだった。
スタッフの女の子に誘われ夜の街へ繰り出した日。
わたしは驚異的な文化の違いを目にする。
鉄板焼きの店に行ったのだが、まず初めに注文されたのはタニシと鴨の脚だった。
しょっぱなからどエライコンボぶちかましてくるやないけ…!!
わたし向けにちょっと変わった料理を注文してくれているのでもなく単に食べたいものを選んだだけで、
タニシと鴨の脚から始まる食事は彼女たちにとって当たり前なのである。
タニシは弾力ある小さな貝のような味がしたが、
鴨の脚はひたすらしゃぶるしかなくて本当に切なかった。
エキスがじわっと染み出してくる…わけでもなく、
未だにあの鴨の脚をしゃぶってる時間に何を得たのかわたしの中で謎のままである。
屋台に行ったら必ずでてくる定番のおつまみ“ひまわりの種”といい、
食べるのに技術を要する食べ物が非常に多い。
広西では日本人はおろか、外人は少しも見かけない。
ホテルの受付でさえ英語がサッパリだ。
朝ごはんのときスタッフに
「水はないの?」と訊いたら「水なんかない。豆漿(中国の朝ごはんに欠かせない豆乳)を飲め」という、
まるでパンがなければケーキを食べろと言ったマリーアントワネットみたいなことを言われたりもした。
だが田舎特有の穏やかでゆったりした空気感は、非常に心地よかった。
町人はわたしたちを見かけると人々は興味津々で「何人だろ?」と口にする。
「日本人だよ」と話しかけると、「そうなんだ!」と微笑んだ。
こどもたちは人懐っこくて礼儀正しく、飴玉をあげたら「ありがとうございます」と深々お辞儀した。
かと思えば中国式デザートの店でひたすらカウンターのコバエを潰すという誰もしあわせにならない遊びに興じる悪ガキもいる。
大好きな豆乳プリンや白玉で気付かないふりをしたが、相当な地獄絵図だった。
都会にだって田舎にだっていろんな人がいて、
世界にはニュースにはならない、ガイドブックにさえ1ページも載ってない、こんな町もあるのだ。
モノや物事にはいろんな側面がある。
知っていると思っているモノでも、実はその横に、裏側に、見えない景色が広がっていたりする。
多くのことは、いざその場に立たってみないと分からない。
この世で怖いことは、知らないことではなく知っていると思い込んでしまうことだ。
知らない世界を楽しむこと。
これこそが、世界平和なのかもしれない。
まずはタニシと鴨の脚から始めてみてはいかがでしょうか。
米原千賀子
ライター兼イラストレーター。へっぽこな見た目とは裏腹にシビれる鋭いツッコミで世の中を分析する。人呼んでうさこ。常に今日の夜ごはんのことを考えている食いしん坊健康オタクな一面も。webマガジンNeoLなどで連載中。