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10月某日 北海道

私は子供のころからアニバーサリー的なものに無頓着で、誕生日を含め記念日などに行事をしたことはありません。何かを始めて何年目、という事を特別意識したことがないので、今年が漫画家としてデビューしてから20年目だとか、結婚してから14年目になるとか、誰かに問われなければ気がつきもしなかったと思います。

 

なので、このたび、このWebエッセイが100回目になると担当氏から聞いて「もうそんなに書いてたの!」とちょっとびっくりしてしまいました。

 

かつて10キロマラソンに参加して2キロ地点で挫折しそうになった時、跪きそうになっている私の前を「頑張ります、75歳!」というタスキを掛けた爺さんが颯爽と駆け抜けていき、せめてその後ろ姿を追おう、と決めて最終的に完走できた、あの瞬間とちょっと似たような達成感を得ております。

 

時事、プライベート、ありとあらゆることを思うままに書いてきたこのエッセイをこれまで毎回読んで下さった読者の皆様には、心からの御礼をお伝え致します。

 

ところで10月から11月にかけての日本での滞在はいつになくハードスケジュールで、特に講演会やトークショーなど大勢の方たちの前でしゃべる機会が地方も含めててんこ盛りの状態になっておりますが、函館で催された講演会に合わせて久しぶりに札幌を訪れることに決め、その折に我らがバンド『とりマリ&エゴサーチャーズ』のライブを行うことにしました。

 

『とりマリ&エゴサーチャーズ』とは、漫画家であり私とも共作をしているとり・みきさん率いる6名構成のバンドの名前で、年に2度か3度、私の帰国に合わせてライブ活動を行っております。

 

そもそも、すでに自らギターを弾き、漫画家である江口寿史さんや中川いさみさんらと音楽活動をしていたとりさんから「ボサノヴァを原語で歌えるのなら一緒にやらないか」と誘ってもらったのがきっかけでしたが、気がつけば結成をしてから既に3年目を迎え、ライブもあちこちでたくさんやってまいりました。

 

時には福岡や京都へも遠征することもありましたが、今回は私が北海道で仕事をする機会に「せっかくだから、北海道でも何かしよう」と、ベース担当のイトケン氏に提案され、さらに北海道銘菓『雪鶴』の製造メーカーである『もりもと』もスポンサーについてくれることが決まり、晴れて札幌でのライブの実施が叶った次第です。

 

ちなみに『雪鶴』とは、私が4歳から暮らした北海道千歳市の銘菓。パリパリの表面にふわっふわのスポンジケーキと、あっさりめのバタークリームが絶品なのですが、子供の頃は単価が高いためになかなか口にする事ができず、憧れのお菓子だったという話をどこかでしたことがきっかけとなって、数年前にパッケージや化粧箱のデザインを手がけさせて頂く事になったのでした。そして今では『とりマリ&エゴサーチャーズ』がライブをする度に、この私のパッケージデザインによる『雪鶴』をお客様に配るのが恒例となっています。

 

我々にはこの『もりもと』の他にも同じく北海道屈指の秘湯、『丸駒温泉旅館』という影の協力者がついており、ライブの際にはステージ衣装となる浴衣や手拭を提供してもらってもいるのですが、せっかく近くまで行くのだからとメンバー揃ってこの温泉にも訪れてみることになったのでした。

 

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バンマスは温泉宿が初体験、旅のノリは修学旅行状態に

そんなわけで、私の講演日に合わせて函館までやってきたメンバーたちとレンターカーで、札幌までの北海道の旅をスタートさせたわけですが、途中どうしても立ち寄りたかった八雲町の銀婚湯という、これまた北海道におけるもうひとつの秘湯に一泊、見事に色づいた紅葉に歓喜しながら様々な露天風呂に浸かるという夢も実現。翌日はいよいよ丸駒温泉へと向かいました。

 

丸駒温泉は支笏湖と繋がった、日本でも珍しい足下湧出泉である露天風呂があり、その絶景に包まれての温泉体験を求めて全国からの秘湯マニアが訪れます。メンバーはみんなここを訪れるのは始めてなので、雄大な景観の中に湧く、野趣溢れる温泉に大喜びしておりました。

 

今回の企画を進めたイトケン氏は、車窓に牧場の牛が見えただけで大興奮、それどころか彼は温泉宿に泊るのも人生で初めてだという奇特な人であり、旅のノリは修学旅行状態に。

 

滅多にこんなに沢山の人数で旅をすることが無い私なので、それはそれでまた新鮮でもあり、楽しくもあり、途中千歳にある母の実家へ寄って、そこでライブのリハをした後に最終目的地である札幌に着くまで、なんとなく気配のあった風邪の兆候がマックスになっていることまで意識がまわりませんでした。

 

札幌はかつて私がテレビのリポーターやイタリア語の講師などをして過ごした街でもあるので、その時の知り合いや、そして子供の頃に通っていた学校の友達など、客席には懐かしい人たちがたくさん集まってくれたのですが、私はこじらせた風邪で咳は止まらないし声もしゃがれまくり。しかし「ライブでは風邪をひいてるとか、喉が痛いとか、そういう言葉にするのは良く無い事」とプロとして活躍するメンバーから忠告を受け、できるだけ平然と、咳も堪えてライブを乗り切りました。

 

ところで、私は音楽家の娘でありながら、今まで自分がこのようなライブ活動をしていることを母に話した事はなかったのですが、リハーサルで自宅に立ち寄った際に彼女が「どうしてもステージを見たい」というので招待をせざるを得なくなりました。クラシック音楽畑で働いて来た彼女には、我々がバンドでやるようなボサノヴァやジャズ系の音楽は肌に合わないかと思って敢えて誘うことはしませんでしたし、なんせ83歳という高齢でもあるので夜にライブハウスなんぞに出向く事をいろいろ配慮したにもかかわらず、最後まで演奏を聞いた彼女は興奮した面持ちで控え室まで乗り込んで来て、メンバーに「本当に素晴らしかった、まさかこんなだとは思わなかった。びっくりした」と感激の胸中を明かしたのは、この旅における一番の驚きだったかもしれません。

 

そんなこんなで無事北海道ツアーを終えた私たちでしたが、翌日ジンギスカンをたらふく食べたメンバーは全身から焼肉臭を放ちつつ東京へ帰還。私は相変わらずしつこい咳に悩まされつつ実家へいったん戻って母を連れ、夜の便で羽田へ。そこから息子の待つハワイへと向かったのでした。

 

そしてそのハワイで今まで体験したことのない一騒動が起るわけですが、その話はまた次回。

 

何はともあれ、今回の北海道ツアーは正直、風邪でヘトヘトになった身体には若干厳しい移動ではありましたが、久々の懐かしの土地への帰省がひと味ちがった密度の濃い思い出を生むものとなり、感慨深くなっております。数年ぶりで沢山の懐かしい人々に再会できたことも、また大きなエネルギーになりました。

 

ちなみに北海道の牧場と温泉旅館初体験に鼻血を噴出せんばかりの企画担当イトケン氏ですが、早速来年の露天風呂の日である6月26日での再度の北海道ライブに向けて計画を練っている模様。今度は秘湯丸駒温泉での開催を考えているようですが、私にとっては日本でも屈指の素晴らしい温泉なので実現されるようであれば是非皆様にお越し頂きたいです!

 

では引き続き、これからの連載も宜しく御願い致します。101回目はハワイからお送りいたします!

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