iPadの遠隔診療も…「在宅ひとり死」が注目を集める理由
「介護してくれる家族はいないけれど、最期は自宅で死にたい!」と希望する女性がいま増えているという。75万部を超えるベストセラー『おひとりさまの老後』の著者であり社会学者の上野千鶴子さんは、在宅死の注目の高まりについてこう説明する。
「在宅死は、これまでは家族のいる人の特権でした。しかし’00年に導入された介護保険の利用により、単身世帯でも可能性が生まれました。特に女性は夫を見送った後、ひとりで旅立つことを考えていらっしゃる方が多いのでは」
ご自身も在宅での旅立ちを考えているという上野さんが、自ら同行調査を行っている医師がいる。それが、岐阜市で『小笠原内科』、『小笠原訪問看護ステーション』を開業している小笠原文雄医師(64)だ。小笠原先生は、20年前に初めてがん患者の在宅看取りを経験、病院では見たことのない穏やかな最期に「なぜ自宅だと、こんなに穏やかに旅立てるのか?」とカルチャーショックを受けたという。その理由を求めて、これまで600人の最期を看取ってきた。
「人間、いちばん落ち着く場所というのは、やはり自分の家なんです。心が落ち着けば、不安や苦しみも和らいでいく。そういう方たちは、みなさん笑顔のまま旅立たれます」
いまも、約150人の在宅患者を診療している小笠原先生。実際に、先生と看護師の木村久美子さん(50)の往診先に記者も同行させてもらった。伺ったのは、87歳の入江光子さん。夫を亡くしてから30年以上ひとり暮らしで、身寄りはいない。入江さんは骨盤に転移性のがんがあり、歩くことができない。今は薬を使って痛みを抑えているのだという。普通なら入院のはずだが……。
「病院でいくら看護師さんが毎時間、様子を見に来ても、一度にかけられる時間は3分そこそこ。だったら、訪問看護師さんやヘルパーさんが1日1回、1時間いてくれたほうが心の通ったケアを受けられる。そうすると、みなさん自然と笑顔になるんです」
看護師の木村さんは、棚の上にあったiPadを手に取って画面をチェックしていた。1日2回訪問するヘルパーが、入江さんの様子をここに記録しているのだ。iPadは『遠隔診療』にも使われるという。ベッド脇には24時間モニターも設置され、タッチパネル式の画面に触れるだけでヘルパーステーションに繋がる仕組み。ステーション側からもつなぐことができ、1日2回、安否確認をしているという。
なぜ、これほど手厚い在宅医療が続けられるのだろうか。費用の心配などないのだろうか?小笠原先生はいう。
「介護保険と医療保険をうまく利用すれば、がんの場合、30万円もあれば、独居でも看取りができます。たとえば、ある独居のがん患者で、看取りまでの70日間にかかった費用は7万円でした。本人が希望すれば、自費で24時間のヘルパーさんをお願いすることもできます。希望と予算に合わせ、どなたでも、ひとりで家で死ねるんです」
前出の入江さんは、取材の際にこう語っていた。
「気ままにできるもんね。自分の家だから周りのこともよくわかるし。先生、看護師さん、ヘルパーさんが来てくれて、いろんな話を聞けるのが毎日楽しみ」