漫画『ペコロスの母に会いに行く』(西日本新聞社)は、認知症の母と息子の日常を描いた作品。現在20万部のロングセラーとなっており、赤木春恵(89)主演で映画化され11月16日より全国公開が決まっている。ペコロスとは原作者の岡野雄一さんのあだ名で、小たまねぎのこと。岡野さんの頭がハゲているからだ。

 

酒乱の父から逃げるようにして上京し、サラリーマンをしていた岡野さんだが、40歳で離婚して、3歳の息子を連れて帰郷。その10年後、父が80歳で亡くなると同時に母・みつえさん(90)の認知症が始まった。汚物まみれの下着を引き出しに押し込むこともあった。脳梗塞を機に岡野さんが母をグループホームに入れたのは8年前のことだ。

 

「ほとんどは、ただ眠り続ける母だが、そんなとき、必死にアンテナを張り、つながろうとしている自分に気づいて、ハッとする。こないだなんか、“あっ、母ちゃんは今、死んだ父ちゃんと楽しそうに会話しとるな”と僕自身が、母のベッドの脇に立つ親父の気配まで感じ取っていた」(岡野さん・以下同)

 

今年の春、みつえさんに胃ろうを施すかどうか岡野さんは葛藤した。胃に直接栄養を届けて生命を維持する胃ろう。半分の人は“自然に任せたい”と拒否するという。すぐには決められなかった。そんなとき講演に呼ばれた。聴衆が介護関係者と聞いて岡野さんは、逆に尋ねた。

 

「『母の体重が34キロを切りそうで、ホームから胃ろうを提案されていますが――』。返ってきた意見は、賛成と反対が半々。やっぱり人に聞くことじゃないと反省してたら、大分から来た介護士が、『口腔ケアをしっかりしてくれるホームなら大丈夫』と。その意見に乗りました」

 

みつえさんとの会話がなくなっても、岡野さんはできる限りホームを訪ね、声をかけ続ける。快晴の日には、車イスを部屋の窓際に持っていき、ひなたぼっこをする。「母ちゃん、紅葉の赤がきれいかね~」と。

 

「母が今、ゆっくりと死に向かっているのは、明確にわかる。もう、いつ誤嚥などが起きて、最悪の事態となってもおかしくない状態。だから、実は遺影に使う写真も選び始めている。どうしても、母ちゃんらしい、やわらかい笑顔のものを選んでしまう」

 

今や連載2本を抱える売れっ子。当初は、母亡きあとの創作活動に迷いもあったというが。

 

「先日、サイン会に来た2年前に母親を亡くしたという女性が、『母は今も鮮やかに私の前にいます』と言った。そうか。その思いで描けばいいんだと思い直すことができた。この先は、いずれ訪れる母の最期のときをユーモアを忘れずに描き、その後も漫画を描き続ける。心の中で、いつまでも大好きな母ちゃんと会話しながら」

関連カテゴリー: