東日本大震災で被災した地域のなか、震災関連の自殺者が毎年増えつづけているのが福島県だ。内閣府のまとめによると、昨年の県内の自殺者は23人。前年と比べて、その数は10人も増加。また、避難生活での体調悪化などによる、震災関連死として認定された死者数は、昨年末、1600人を越えた。これは地震や津波による直接死を上回っている。
「やはり福島県では原発事故が大きく影を落としている。抜本的対策を講じないと、福島県では今後も自殺者は増え続ける」
と語るのは、南相馬市にあるメンタルクリニックなごみの蟻塚亮二院長(67)。沖縄県の病院で心療内科部長を長く務め、昨年4月に現職についた。去年6月に初めて診察した女性のカルテを見ながら振り返る。
「『なんもしたくない』『朝は悲しくならない』『日中、余分な考えが頭に侵入してくる』『時間があると死にたくなる』……そんなふうに話しました。典型的なうつ病は、朝がとにかくつらい。それに、彼女のように余分な考えが頭に侵入してくることもありえない。これは、おそらくフラッシュバックです。過去のつらい記憶が突如よみがえる症状。そこで私は、彼女は非定型うつ病、トラウマ反応型のうつ病と診断しました。いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)だと思われます」
この女性をはじめ、現在、多くの患者を見ている蟻塚さんは「『曖昧な喪失』という言葉が思い浮かぶ」という。アメリカの心理学者、ポーリン・ボス博士が提唱した理論だ。
「津波で家族を亡くした、地震で家がつぶれたなどはっきりと自覚できる喪失感と違い、自分の家はあるのに住むことができないとか、町はそのままなのに、かつてのにぎわいは消えてしまったとか。そういった中途半端な、解決することも決着をつけることもできない喪失感。そんなものを、原発事故の避難者たちは抱えていると思います」
そして、収束の見えない福島原発こそが、「曖昧さの象徴」と蟻塚さんは言葉に力を込める。「曖昧な喪失を抱え続けると、人は神経が参ってしまう」とも。
些細なことで落胆し、死にたいと思い、ストレスにも弱くなるという。蟻塚さんが憂慮するのが、福島の人たちの、トラウマを抑え込むふたのもろさだ。
「ふたというのは日々の生活です。収束のめどすら立たない原発事故で住民が家に戻るどころか、役場すら戻れない町も多い。もろいどころかふたなんてないような状況。些細な刺激でトラウマが暴れだしかねない」
PTSDの発症を防ぐためにも、「彼らを仮設から出してあげて」と蟻塚さんは訴える。
「仮設住宅は、とりあえずのすみかでしかない。そこでは、とりあえずの人間関係しか築けない。そんな、万事がとりあえずの暮らしでは、大人も子供もどんどん刹那的になり、将来の展望なんてますます描けない」
彼らの心の傷をふさぐ――そのためにも、原発事故の収束を急がなくてはならない。