『放射能が怖くてきのこを食べないのは健康リスクにつながります』
「汚染きのこを食べるより車の運転のほうが危険」という専門家。耳を疑う言葉が飛び交う会が福島であった。放射能の危険を除去するのもそこそこに安全性を住民に訴える。国や東電は、安心できる生活を取り戻したい福島の人々の気持ちをどこまで踏みにじるのか。
「がんよりも心配なのは、骨。骨を強くする三大要因は、食べ物・運動・日光です。放射線を避けようとすると、これら3つをすべて避けることになります。すると死亡率は1.8倍に。放射線を避けるより、高いリスクを呼び込んでしまうんです」(福島県相馬市の相馬中央病院・越智小枝氏)
「福島の我々には、放射性物質の摂取制限なんてものは取り下げて、好きなものを食べさせて」(放射能健康相談員・半谷輝己氏)
こんな冗談みたいな発言が「専門家」たちから飛び出し、しまいには参加者からも、「いろんな添加物のほうが危ない。これくらいはたいしたことない」という声が上がる始末。
こんな驚愕のシンポジウムが2月3日、福島県伊達市の山奥で開かれた。記者は地元の母親から、「トンデモないシンポジウムがあるんですよ」と聞き、取材したのだが、内容は予想を超えるものだった。
雪がちらつく午後7時過ぎ。取材班の車は、凍結した山道を急いでいた。市街地から約20分。ぼんやりとした薄明かりの中に、木造校舎が浮かび上がる。ここが会場の、廃校を再利用した「りょうぜん里山がっこう」だ。
ミシミシときしむ廊下を通って教室に入ると、地元の人と思しき年配の男性を中心に30人くらいが集まっていた。
教室の前には、このために来日したというポーランド国立原子研究センターの物理学者・ドブジンスキ氏と同時通訳者が並んで座っている。小さなシンポジウムに、いくらお金をかけているのか。
今回は「出荷制限値100Bq/kgは厳守しつつ地元民の目安としての摂取制限値の検討へ(大人1、000Bq/kg、子供100Bq/kg)」がテーマだ。
なんだかわかりづらいが、事前にシンポジウムのホームページを見ると、「放射能汚染された食品を食べても大丈夫だ」とアピールしたいのだろうと察しがついた。
“地域メディエーター”を名乗る前出の半谷輝己氏が、会の冒頭に趣旨を説明する。
「食品の出荷制限の影響で、本来食べられるはずだった山のきのこや、川魚、イノシシなどが食べられない状態が続いています。お年寄りの中には、『息子夫婦から、そんなもの食べるなと言われるから、気兼ねして食べられない』とか、『死んでもいいから食べたい』という意見が私に届いています。食文化を守る意味でも、出荷制限値は厳守しつつ、これだったら地元の人は食べていいですよ、という摂取制限の目安を設けたらどうかということを、みなさんで話し合っていただきたい」
福島第一原子力発電所の事故後、政府は一般食品中に含まれる放射性物質の規制値を1kgあたり100Bqまでと定め、それを超えるものについては出荷制限をかけている。加えて、野生のイノシシやきのこなど、極端に規制値を上回る食品が検出された地域には、自分でとって食べることも控えるようにと県知事あてに、摂取制限の通達も出している。
ところがこの会では、高濃度汚染食品でも、地元の人間なら食べていいことにしたいよう。「山や川の幸を食べたい」という地元民の気持ちをくんでいるように見えるが、リスクを福島県民に押しつけているだけではないか。
その後、次々と「専門家」が登場。いかに汚染食品が「安全」かを訴えはじめた。
「1kgあたり2、400Bqのイノハナ(山のきのこ)が10g入ったご飯を1合食べた場合、損失余命は7秒。一方で、自動車を10㎞運転する場合に、事故死する確率から計算した損失余命は21秒。イノハナご飯を食べるより、自動車を運転するほうが3倍程度リスクが高いんです。こういう事実を考えることが、合理的な行動に結びつきます」
こう述べたのは、ビデオ出演した福井県立大学経済学部教授の岡敏弘氏。
“損失余命”とは聞き慣れない言葉だが、人間の寿命が特定のリスクに遭遇することで、短くなる平均寿命のことだ。
ちなみに、野生きのこの摂取制限が出ている南相馬市の測定結果を見ると、原町区で採れたイノハナから1万4、140Bq/kgという超高濃度の放射性セシウムが検出されている(平成26年9月時点)。
「“損失余命”が理解できたという方は青、わからないという方は赤を上げて!」
半谷氏が参加者に問いかける。参加者には事前に赤と青のカードが配られており、そのつど、カードを上げさせて理解度を測るようだ。
参加者は、ほとんどの方が戸惑いながらも青のカード(理解できた)を上げた。
さらに、冒頭で登場した越智小枝氏が「放射能が怖くてきのこや山菜を食べなくなったという方がおられますが、野菜やきのこを食べない、これらは全部健康リスクにつながります」と、たたみかける。
放射能安全派の弁はさらに続く。同じくビデオ出演の東京慈恵会医科大学教授で小児科医である浦島充佳氏は、「チェルノブイリ原発事故によって増えたのは子供の甲状腺がん。しかも、亡くなった方はほとんどいません。白血病は増えませんでした」 と、キッパリ。さらに、「食品に含まれている放射性セシウムが、子供のがんを引き起こすかというと、それはどうかと思う」とセシウムのリスクを否定。
「大人なら1、000Bq/kg、子供でも100Bq/kgくらいなら与えても大丈夫。食べたいものも食べられずストレスを抱えているほうが、子供たちの情緒的な発達に影響します。家族で同じものを食べて、夕食には笑いが起こるような時間を過ごしてほしい」笑みを浮かべながらこう語ったのだ。そこまでして、汚染されたきのこやイノシシを子供に食べさせたいのか。正直、背筋がゾッとした。
浦島氏の「大人1、000Bq/kg」とは、食品の国際規格をつくるコーデックスという国際政府間組織が設けた基準を参考にしたもの。子供はその10分の1ならいいだろうというのが浦島氏の持論だ。しかし、原発事故で健康被害が増えたベラルーシなどは、乳幼児向けの食品規制値を37Bq/kgに設定している(左ページ表参照)。
記者は後日、3万人のがん患者を治療してきた北海道がんセンター名誉院長・西尾正道氏に意見を聞いた。
「まきストーブに外側からあたるのが外部被ばくだとすると、燃える“まき”を小さくして口から飲み込んだ状態が内部被ばく。炭が体内にとどまると、周りの組織がベータ線(セシウムなど)で集中的に被ばくし、がん細胞に変わる可能性がある。口から放射性物質を取り込むのは、それくらいリスクが高いので取り込まないほうがいいんです」
さらに、チェルノブイリなどの医療現場を何度も視察している、さがみ生協病院内科部長で島根大学臨床教授の牛山元美医師にも聞いた。
「チェルノブイリ原発事故の後、ウクライナでは統計的有意に小児白血病が増えました(右ページ表参照)。ベラルーシの医師は、『放射性ヨウ素がほぼ消えた時期に生まれ育っている世代にも甲状腺がんが事故前より多く出ている』と話しています。つまり、半減期が放射線ヨウ素より長い放射線セシウムが原因の可能性もあります。因果関係が明確に解明されていなくても、地域の汚染状態と病気の増加は関係しており、現地の医師は、被ばくの影響だと主張していました。臨床医なら、こうした声に耳を傾け、子供の健康リスクを減らす努力をすべきでは」と、浦島氏らを批判した。
食べる楽しみや、郷土の食文化を失ってしまった地元民の悲しみや憤りは察してあまりある。しかし、その気持ちにつけこんで、わざわざ海外から学者を呼んできてまで、子供に汚染食品を食べるように仕向ける意図は何なのか。