独りの白髪のおばあさんが、夜の大阪の街をフラフラと歩いている。眼鏡越しに見える目はうつろ、しばらく歩いていたおばあさんは急に、何かを探すように左右をキョロキョロしだした。不安気な顔になって、「アッコちゃん、どこですか?誰か助けてください!」と大声で叫ぶ。そして幸い人が通りかかると、「あの〜、おまわりさんのいるとこ、どこですか?」。そうあわてて話しかけた。
おばあちゃんは酒井アサヨさん(88)。9月に米寿を迎えたが、認知症で要介護「5」だ。「アッコちゃん」と呼んでいたのは長女の章子さん(56)のことで、彼女のマンションで、母娘2人で暮らしている。
認知症の母と介護する娘。最近では“親子共倒れ”などという言い方もされ、老後を親子でどう生きるのかは深刻な社会問題となりつつある。しかし、この親子は異彩を放っている。とにかく明るく、いつも「笑い」があるのだ!
「嫌だとか、怒りのなかで介護するより、いろんな発見に驚きながら、笑ってしたほうが絶対いいと思う。ホンマに漫才みたいなもんですよ」
大阪市の自宅での取材中、本当に、笑わずにはいられない場面がいくつもあった。
母「私の子どもたちはどこにおるん?」
娘「ここにおるやん、娘が」
母「なんでや、あんたアッコ姉ちゃんやろ?」
娘「だから、あんたが産んだ娘やねんて」
母「ほんまに私が産んだんか」
そんな、アサヨさんと章子さんの介護の日々を撮り続けたドキュメンタリー映画『徘徊 ママリン87歳の夏』が現在、東京・新宿ケイズシネマをはじめ各地で公開中だ。
「もし、母が今日、亡くなっても、明日、亡くなっても、私に後悔は一切ありません。それだけこれまで7年間、精いっぱいやってきましたから。最初のうちは、『はよ死んだらええ』と思っていた。でもいまは、かわいらしい。いまいなくなったら困る。いま去られたらペットロスやないけど寂しいわ(笑)」(章子さん)
少し有名になった親子だが、2人の日常は変わらない。
「子育てって、だんだん歩けるようになって、話せるようになって……。できなかったことができるようになっていくことですよね。母の場合は、その逆です。最後は赤ちゃんのように、寝たきりになるんだと思う。でもいまは一日でも長く、この母との時間を過ごしていたいと思うんです」(章子さん)