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日本国内で医者になるためには、基本的には大学の医学部もしくは医科大学(以下、医大)を卒業しなければならない。学費的には、日本の医大は「国公立」と「私立」に大別され、ザックリ言って前者は6年間で合計350万円、後者は2000万~4500万円が必要である。

だが、実は日本には、タダで医者になれる大学が2つあるのだ。

1つは「防衛医官になるなら、学費タダで衣食住も保証」の防衛医科大学校、もうひとつは「僻地医療やるなら学費タダ」の自治医科大学である。

 

防衛医科大学校は、防衛省が管轄する医大であり、入学した時点で、防衛省所属の国家公務員となる。定員は80人。学費は無料であり、宿舎や制服や給食が支給され、さらに給料(月額約11万円)やボーナスも支給される。

 

ただし、戦前の陸軍軍医学校をルーツに持つ「軍医養成所」的な性格を今なお色濃く持っており、その学生生活は独特である。

 

防衛医大は全寮制であり、さらに2~4人部屋での相部屋生活が必須であり、平日は早朝から大音響で流れる「君が代」で叩き起こされる。宿舎と学校は徒歩数分で、外出や外泊も制限があり、繁華街からも離れている(埼玉県所沢市)ため、一般的な大学生のように「授業をサボって自由な青春生活を謳歌」とはいかない。

 

医大生としてのカリキュラムに加えて、長期休暇中にはパラシュート降下訓練やら硫黄島訪問やら戦車同乗というような、自衛官としての訓練も必須である。

 

というわけで、この軍隊的生活というか自衛隊生活についていけなくて毎年のように早期に辞める者が出現する一方で、順応してしまえばそれなりに楽しい世界らしい。

 

開校当初は男子校だったが、1985年から女子学生も受け入れている。卒業後は、「自衛隊病院での勤務」のような一般的な勤務もあるが、「潜水艦での軍医」「南極観測船同乗」「ジブチや南スーダンなど、海外派遣される自衛隊部隊に同行」「レスリングや射撃など自衛官アスリートを、スポーツドクターとしてサポート」などのユニークな業務もある。

 

防衛医官として9年間の勤務が義務付けられており、それより早期に退職することは可能だが、期間に応じて最大約5000万円を返還しなければならない。

 

自治医科大学とは、僻地の医師不足解消を目的に、都道府県の合同出資で設置された私立医大であり、総務省(旧自治省)の影響が大きい。定員は120人。各都道府県は2~3人の合格枠を持ち、県の判断で合格者を決定する。

 

よって、合格者の偏差値レベルは都道府県によってかなり違いがある。実際、「大阪府や神奈川県には、もはや大した僻地はないから、自治医大枠は他県に譲るべきではないか?」との意見は根強い。また、「統計学的にあり得ないぐらい、男子学生ばかり合格」という都道府県も実在する。

 

入学時には約40万円の支度金が支給され、学費はタダ(正確には貸与)、生活費は貸与型奨学金で賄うことが可能である。防衛医大と同様に、地方都市(栃木県下野市)での全寮制の生活(こちらは個室)となるので、生活費もさほど必要ではないだろう。

 

カリキュラムも他の医大と大差はなく、卒業後は出身県での9年間(留年すると1年半追加)の勤務(うち、半分は僻地)が義務付けられている。勤務拒否の場合、最大約2200万円の返還金が必要である。

 

しばしば問題になるのが、出身県の違う医師同士の結婚である。6年間、キャンパスライフのみならず寝食を共にするので、それなりの数のカップルが誕生するが、「北海道出身のA君と長崎県出身のB子さん」が結婚した場合、最悪9年間の別居生活になってしまう。

 

この卒後9年間は女性の出産適齢期でもある。妊娠した女医を離島などの僻地に派遣することは非常に困難であり、「女医の権利保護」と「僻地医師派遣事業」の兼ね合いにはどの県も悩んでいる。よって、「じゃあ、ウチは男子学生しか採用しない」となる県も出現するのだ。

 

財布にはおいしいが、タダだけに、さまざまな制限があるのも仕方あるまい。そして、どちらも男子学生の数が異常に多いのも、やむを得ない話なのだ。

 

――以上、筒井冨美氏の近刊『フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方』(光文社新書)より引用しました。

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