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目標であり、ライバルであり、反面教師であり――。さまざまな親子のカタチがあるけれど、自分の人生は“母から自立できたとき”に始まります。そんな母と娘の関係について話を聞きました。題して「“母”が歩いた道、私が歩く道」。

 

「私も、進んで母と縁を切りたかったわけではありません。正直、本の出版がきっかけになって、ごく普通の親子関係を取り戻せればという期待もありました」

 

女優の小川真由美(78)の一人娘である小川雅代さん(49)が、母との壮絶な40年間を綴った『ポイズン・ママ』(文藝春秋)を出版したのは’12年春。

 

2歳のときに両親が離婚し、雅代さんは母親に引き取られるが、売れっ子女優だった母は子育てを放棄。雅代さんは、虐待や、ときには餓死寸前になるほど心身共に追い詰められていく。

 

20歳で家を飛び出し、仕事をしながらパンクロックバンドを結成したが、母の過剰な干渉は続き、38歳でうつ病とパニック障害で、心療内科医と弁護士の双方から、「母親に会ってはいけない」とドクターストップをかけられた。1カ月に13キロも痩せるほどの衰弱ぶりだったが、これを機に自立の道を歩み始めた。

 

翌年には母にまつわる写真を、自分が赤ん坊時代の2枚だけを残して捨てた。『ポイズン・ママ』の出版は、さらに3年後。

 

「実はその前年、母同様に向き合ってくれなかった俳優の父・細川俊之(享年70)に死なれていたので深く後悔しました。だから、せめて母とはやり直せたらと思い、最後の手段としての出版でした」

 

ところが本が出た直後、母は雅代さんに言い放った。

 

「あんた、また周囲やマスコミに洗脳されたんだね」

 

かえって、吹っ切れたような気持ちになったとふり返る。

 

「『洗脳』は、母が自分にとって都合の悪いことがあったときに口にする常套句。結局、いまだに本は読んでくれていないようです」

 

母からは無視されたが、自分の心情を吐き出した本には、思いがけない反響があった。

 

「母のファン世代からの“お叱り”は覚悟していましたが、『真由美さんがマーちゃんを理解するときが来ますように』との手紙が何通かあって、救われました。あとは、驚くほど多くの、『私も同じ体験をした』という女性からの声が届きました」

 

その後は同じ「毒母」に育てられた人たちとフェイスブックでつながったり、毒母ミーティングを開催したり。一方で母親とは、出版から6年たった今も会っていない。

 

「母は、現在は都内のマンションで一人暮らしをしています。性格の激しさは相変わらずのようで、生活を支えてくれるヘルパーさんらにもむちゃぶりして、担当がコロコロ代わっているとか。ただ、私がそこに介入するのは精神的負担も大きいので、一度だけ、ヘルパー事務所の責任者の方にご挨拶だけして帰ったことがありました。毒親との関係に傷ついた心に完治はないと思います。ただ、自立するなかで、自分を守るのは自分しかいないと知りましたし、親とのほどよい距離感も学びました」

 

自身の体験から、毒母との関係に向き合い、それを客観視して文字にするという作業は“デトックス”につながると話す。

 

「本でなくても、日記でいいと思うんです。ただし、私もそうでしたが、つらい作業でもあるので、専門家と相談するなど、無理のないよう取り組んでください」

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