「うちは小規模ながら地元のお年寄りたちがサロン的に集まる人気の施設でした。しかし、実情は運営資金の調達に奔走しながらの自転車操業。’15年以降、赤字が広がり、借金が数千万円まで膨らんで、最後は倒産の道を選びました」
こう語るのは、東京都内で昨年春まで約7年間、デイサービスを運営していたAさん。高齢者人口が年々増加するなか、介護を必要とする人口も増える。厚生労働省は、’12年当時、約460万人だった認知症患者数が、’25年には約700万人(高齢者の5人に1人)になると予測している。
一方で、近年、Aさんのように介護サービスを提供する老人ホームなどの倒産が急増している。企業信用調査会社の東京商工リサーチによると、’19年上半期(1〜6月)の「老人福祉・介護事業」の倒産は55件。介護保険法が施行された’00年以降では、年上半期で過去最多を記録した。そして倒産した事務所の約8割が、訪問介護事業、デイサービスなどの通所・短期入所介護事業。いわゆる小規模事業者だった。
「7月の日本企業全体の倒産件数はかなり多く、景気は悪い方向に進んでいます。介護事業は下半期に倒産件数が多くなる傾向もあり、それらを鑑みると、’19年の年間倒産件数は過去最高の120件になっても不思議ではありません」
そう東京商工リサーチ情報本部情報部の後藤賢治さんは言う。倒産件数は年々増加傾向で、その主な原因については、(1)介護報酬の改定による報酬額の減少、(2)介護業界に参入する新規事業者が増加し、競争が激化、(3)深刻なヘルパー不足、などを挙げている。
介護報酬とは、事業者が利用者に各種介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に支払われる報酬のこと。原則、介護報酬の7〜9割は介護保険から支払われ、1〜3割は、利用者の自己負担となっている。3年に1度、国が介護報酬の改定を行う。
冒頭のAさんが回想する。
「倒産のいちばんのきっかけは、’15年の介護報酬の引き下げ。これによって、同じサービスを提供しても利益は1〜2割減りました。スタッフの給与を維持するために、配食や病院への付き添いなど介護保険外サービスで収入を増やそうとしましたが、スタッフの理解が得られず、人材不足などの問題にも直面して、経営はどんどん悪化。小さな事業者はもともと体力がないので、介護報酬の引き下げをきっかけに経営が苦しくなるパターンに陥りやすいのです」
そして、小規模事業者が抱えるもう一つの大きな悩みは、人材が集まらないという問題だ。昨年12月、全国ホームヘルパー協議会が発表した資料によると、ヘルパーを募集しても「応募がない」と回答した訪問介護事業者は全体の約9割。ヘルパー不足が経営を厳しくしている現実がある。
厚生労働省の試算でも、介護人材が’20年には約13万人、’25年に約34万人が不足するとしており、介護職員の処遇改善、外国人ヘルパーの受け入れなどの対策で介護の働き手を増やす必要があると指摘している。
だが、大変な仕事のわりには、給与が安すぎるという現場の声は多い。パートのヘルパーの時給が1,000〜1,300円とも……。今後、さらに介護報酬が減るとも噂されるなかで、確実に人材を確保しながら、安定経営するのは容易ではないだろう。
「小規模業者はこれからどんどん淘汰されて、大手が経営する介護施設が主流になっていく」
こう予想するのは、介護アドバイザーで、年間220本以上のセミナーをこなすAll About「介護」ガイドの横井孝治さん。
「自分の親が入所した施設とか、介護サービスの提供を受ける事業所が潰れてしまうということが普通に起こっています。たとえば、老人ホームを運営する会社が倒産してしまった場合、入居の際に払った一時金を失ってしまうリスクがある。利用者はそうなることを防ぐために、信用力のある大手の施設を選ぶという流れになっていくと思います」