今年も多くの偉大なスターが、たくさんの思い出をわれわれに残してこの世を去った。そんな故人と親交が深かった方々から届いた、愛あふれるラストメッセージを紹介。題して、「大好きなあなたへ 最後のラブレター」ーー在りし日の姿に、心からの哀悼の意を表して。
■金田正一さん(享年86・元プロ野球選手・10月6日没)へ。王貞治(79・福岡ソフトバンクホークス取締役会長)
いま、金田さんのような並外れた力を持つ選手はいないと思います。速い球と角度のあるカーブ。当時のセ・リーグのバッターたちは、皆、きりきり舞いしていました。僕が18歳でプロ野球に入り金田さんとの初対戦のとき、金田さんがオーバーハンドで放ってくる球は、2階から飛んでくる感じがしました。見たことがないスピードとカーブだったので手も足も出なかったです。
金田さんが国鉄スワローズから読売ジャイアンツに移籍し、チームメートとなってからは、「おい、ワンちゃん一緒に走るぞ」と声を掛けてもらって、長い距離をフェンス沿いに一緒に走ったりしました。走って走ってとにかく走りまくれと、走ることの大切さを言われました。僕が40歳まで現役生活を続けられたのは、金田さんの教えが大きかったと思います。
宮崎でのキャンプでは、金田さんは自分で市場まで行き、自分の目で確かめた食材を仕入れていました。プロ野球選手は体が資本なので食べる物にも気を使うこと、ということをおっしゃっていましたね。鍋料理が多くて、僕や長嶋さんもご相伴させてもらいました。
野球選手は成績がすべて、競技の世界で生きている人間は勝たなければならないということは徹していました。その意識が400勝につながったのではないでしょうか。
戦前の野球、戦後の野球、昭和25年に2リーグ制になって以降、昔は男性ファンばかりだったのが、女性のファンも来るようになり、プロ野球がファンとの距離をどんどん縮めていった。金田さんはそのなかでヒーローでした。金田さんは日本のプロ野球界を変えた人であり、道筋をつくってくれた、偉大な功労者なのです。
「女性自身」2019年12月24日号 掲載