オリンピックイヤーが幕を開けた。姉妹で金メダルを目指す2人、レスリング女子代表選手の、川井梨紗子選手(25)と川井友香子選手(22)(以下姉妹は敬称略)に注目が集まる。
姉の梨紗子は、リオ五輪で金メダルを獲得。さらなる高みを目指し、五輪4連覇の伊調馨選手(35)との激戦を制して東京五輪代表選手に選ばれた。
そんな、快進撃を続ける川井梨紗子。彼女の歩んできた道の途中に、ある決断とこだわりがあったという。
遡ること5年。リオ五輪の選考を控えた15年に、梨紗子は大きな決断を迫られた。
51kg級だった彼女も身長が伸び、リオ五輪では58kg級での出場を目指した。だが、同じ58kg級には五輪3連覇中の伊調馨が参加する。
「馨さんは憧れのスター選手。何度か試合はしましたが、組んだ瞬間に強いとわかる相手です。1点も取れない……。強い馨さんに勝ってオリンピックへ行く! それが強いこだわりになっていました」
しかし、五輪出場を最優先に考えれば63kg級まで階級を上げ、伊調との階級争いを避ける方が無難だ。梨紗子は悩んだ末に、63kg級でリオ五輪の代表入りを果たした。
オリンピック会場は熱に浮かされたような特別な雰囲気。そんな時、偶然、伊調と同じエレベーターに乗り合わせた。狭い箱の中で2人きりだ。
「不思議と緊張していないんですけど、こんなんで大丈夫でしょうか。オリンピックですよね、ここ」
梨紗子がそう聞くと、伊調はさらりとこう言った。
「世界選手権と何も変わらないよ。注目度は高いし、周りは騒ぐけど、自分がやることはいつも同じだからね(梨紗子は)間違ってない」
伊調の一言で五輪に臨む覚悟ができた梨紗子は決勝まで駒を進め、見事勝ち切った。
優勝の瞬間、その場に座り込んでしまった梨紗子。両手で顔を覆ってから立ち上がり、ガッツポーズ。両親と妹の友香子も涙していた。帰国した翌週に石川へ帰り、母に金メダルをかけてあげた。
「『はーい、ほら』って、軽い感じでかけてくれて。『重たいねー、よかったねー』って」(初江さん)
母の笑顔が、次の五輪へのモチベーションになる。友香子も大きな刺激を受けた。
「みんなで泣きました。もともと尊敬していたけど、やっぱりすごいと思いました」(友香子)
姉妹が、この時誓い合ったことがある。
「姉妹そろって東京五輪を目指して、2人でうれし泣きできたらいいね」(梨紗子)
その後行われた、東京五輪の代表争い。梨紗子は、リオで断念した伊調と同じ階級で戦うことを決めていた。
「馨さんと戦って五輪に行きたいというこだわりは、持ち続けていましたから」
こうして、リオの金メダリスト同士で東京五輪の代表争いをすることになった梨紗子。昨年7月6日のプレーオフで伊調と直接対決することになった。
当時、レスリング関係者が、元全日本のヘッドコーチ・栄知人氏(至学館大学監督)からの伊調に対するパワハラを告発。さらには、五輪5連覇を目指す伊調と連覇を狙う梨紗子の試合とあって、注目度は高かった。
「ずっと憧れて、ずっと勝ちたかった人。馨さんと戦うのは、たぶん最後という思いもあって。すごい注目のされ方で、プレッシャーもありすぎましたが、一周回ったら無になりました」(梨紗子)
試合は一進一退。3対2でリードしたが、終盤で追いつかれた。同点だったが2点の技を繰り出した梨紗子が勝利する。
「必死でした。振り返るとあれほど緊張した試合はないし、濃い、幸せな時間だったと思います」
試合後、伊調はこう語った。
「自分が弱かったとは言いたくない。梨紗子が強かった」
こだわりを貫いて、東京五輪への切符を手に入れた川井梨紗子。
「リオはリオ。しっかり切り替えないと。前回、金が取れたからって今回もいけるとは思いません。でも、やることは変わらない」
レスリング女子日本代表のキャプテンという重責を背負った梨紗子は、毅然とそう言った。
「女性自身」2020年1月21日号 掲載