「パンデミックの真っただ中に、全世界から9万人もの五輪関係者を東京に招き入れることは、人類史上、前代未聞のこと。世界の新型コロナウイルスの変異株が見本市のように持ち込まれる可能性があります。感染者が急増することになれば、新たな“東京五輪株”のような変異株が生まれる可能性は、十分にありえるのです」
このように警鐘を鳴らすのは、医療ガバナンス研究所の理事長で内科医の上昌広さんだ。
国境を越える感染症の広がりを研究する渡航医学に詳しい、関西福祉大学教授の勝田吉彰さんも、同様の危機感を募らせている。
「これまでも、メッカの巡礼からの帰還者が持ち込んだ髄膜炎菌やMERSが複数のイスラム教国に飛び火したり、米国外からディズニーランドにきた観光客が持ち込んだ麻疹が全米に広がったりしたことがあります。同じ目的を持った大勢の人が1カ所に集まる“マスギャザリング”という現象が起こると、感染の範囲が広がり、結果、変異株が発生するリスクとなります」
こうした懸念に、政府や五輪組織委員会は「安心安全」と繰り返すばかりだが、対策はほころびだらけだと、上さんは指摘する。
まず、水際対策として、海外からの選手や関係者には、空港で抗原検査をしているが……。
「抗原検査は簡易的なために、多くの人数をさばけます。しかし、CDC(米国疾病対策センター)の調査によると、PCR検査で発見された症状のある陽性者のうち、8割しか抗原検査では感染を割り出せなかったそうです。無症状となると6割が見落とされたと発表されています。また、米国のプロアメリカンフットボールリーグに所属する医師が行った63万回分の検査をもとにした調査では、抗原検査では4割が見落とされるという結果に。抗原検査だけでは、世界中から陽性者を招き入れているのと同じです。本来はPCR検査をするべきです」
実際に、19日には選手村に滞在しているチェコのビーチバレー選手、事前合宿先でアメリカの女子体操選手の陽性が判明するなど、空港で抗原検査をすり抜けてきたと思われる選手たちの感染が明らかになっている。
泡で包むように内外を遮断するバブル方式をとるため、五輪関係者の感染が外部に広がることはないと政府などは説明しているが……。
「エアロゾルを介した感染を想定していません。感染力が維持されたままウイルスが浮遊している時間は、最大3時間といわれます。実際に空港などでは来日した五輪関係者と一般市民が、時間差で同じ場所を使っています」(上さん)
また、本誌の取材では、当たり前のように五輪関係者が出歩いていることも明らかになっている。バブルはとうにはじけてしまっているのだ。
政府と組織委員会は違反外出などを繰り返した場合、最大14日の待機や参加資格の剥奪など、処分を厳格化していく方針だという。
「しかし1、2戦で敗退して、出場する試合がなく、剥奪されるものもなくなったような選手が指示に従ってくれるのでしょうか」(勝田さん)