「豪快なイメージの上野さんですが、お茶をたてるときの彼女の所作はとても繊細です。茶道の道具も小さかったり、壊れやすかったりするのですが、すごく器用に扱っています。ソフトボールも投げる瞬間の指先の感覚は重要です。そういった修練が茶道にも生かされているように思います」
そう語るのは遠州茶道宗家十三世家元・小堀宗実氏の次女・小堀宗翔さん(32)。
’08年の北京五輪以来、13年越しの連覇を果たしたソフトボール日本代表。エースとしてチームをけん引した上野由岐子選手は39歳となったが、力強いピッチングで視聴者たちを魅了した。そんな彼女の強靱な精神力の陰に、実は“茶道修業”があったという。
前出の小堀さんが続ける。
「ラクロス選手でもある私は、2年半ほど前から竹田塾(アスリートたちの身体能力向上に定評のあるジム)に通うようになり、そこで上野さんと知り合いました。上野さんはすごく謙虚で、ほかの人が使ったトレーニング器具でも、元の場所に並べ直したりしているんです。
知り合ってから半年ほどたって、塾長の竹田さんが『上野も茶道をやって気持ちを作ってこい』と、勧めたことがきっかけで、私が茶道をお教えすることになりました」
遠州流は440年の長きにわたり武家社会を中心に継承されてきた“武家茶道”の一派。小堀さんは定期的に「アスリート茶会」も主宰し、競泳の池江璃花子選手(21)や柔道の阿部一二三選手(23)らも指導してきた。また女優の鈴木保奈美(54)も同流を長年学んでいる。
「鈴木さんは私の父の会に参加されています。上野さんの“姉妹弟子”? 確かにそういう関係になりますね。お二人とも凜として強い女性という意味では共通していますね」
それにしても、なぜ多くのアスリートたちが茶道を学んでいるのか?
「アスリートは常に自分の心をコントロールしながら闘っています。茶道でも、心が荒れていてはいいお茶が点てられません。茶道で必要な集中力や“心の切り替え”が、試合にも役立つということだと思います。
上野さんはお茶碗を置いた後、手を離す瞬間が非常に丁寧です。そういった詰めの油断のなさは、ピッチングと通じるものがあるのではないでしょうか」
まさに技と心のたゆまぬ研鑽がもたらした金メダルだったのだ。