「私は死ぬ準備ができていないんです」 画像を見る

「90歳の人が腰の骨を折ったら、社会復帰は難しいのではないでしょうか。でも私は、先月は世田谷、先週は武蔵野と行きたい美術館に行き、絵や写真を見ている。この書斎に上がってきて、原稿を書こうと思っている。つまり、死ぬ準備ができていないんです」

 

都内の自宅2階にある書斎で、座椅子に腰を下ろしてよどみなく話しているのは、ノンフィクション作家の澤地久枝さん(91)である。

 

1930(昭和5)年9月3日、5人きょうだいの長女として東京で生まれた澤地さんは、4歳のとき一家で満州に渡った。

 

14歳で終戦を迎え、ソ連兵の“狩り”から母と必死で逃れた。46年8月、15歳で帰国の途に。乗り合わせた板だけの貨車では、赤ん坊が線路に転げ落ちていくのを見たり、転落した青年が死亡したことを聞いたりした。「人が一生で経験することを15年ですべて経験した」と振り返るほど、凄惨で過酷な日々だった。

 

49年に中央公論社に入社。50年から勤労学生として早稲田大学で学び、53年、3歳年上の男性と結婚。『婦人公論』編集部時代の62年に離婚し、翌年退職した。

 

72年、41歳でノンフィクション作家デビューすると、78年に『火はわが胸中にあり』で日本ノンフィクション賞、『滄海よ眠れ ミッドウェー海戦の生と死』(84年)および『記録 ミッドウェー海戦』(86年)で菊池寛賞を受賞。昨今も健筆をふるっていた。

 

そんな澤地さんが、昨年5月、ひとり暮らしの自宅で転倒して、腰椎を骨折。そのまま寝たきりとなり、「要介護4」の認定を受けていたのだという。しかし、毎月3日に東京・国会議事堂前で「反戦」メッセージを示すスタンディングを続けているというではないか――。

 

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