5年間で5億円とも報じられる自民党安倍派の裏金疑惑。東京地検特捜部の捜査が本格化し、議員本人に対する任意聴取も始まった。安倍派の凋落は、財政・金融力学をも変容させ、アベノミクス第一の矢として放たれたままの大規模な金融緩和策にも波及しそうだ。裏金疑惑が表面化して以降、緩和の「出口」を探る日銀の中枢から前のめりな発言が次々と飛び出している。金権の浄化とともに、金融正常化が近づく。
安倍派中枢の「5人衆」全員が政府と党要職から一掃され、さっそく特捜部が任意聴取の要請に動いた。自民党最大派閥である安倍派の衰勢により、「最も影響を受けるのは日銀の金融政策だろう」とエコノミストはにらむ。
なぜか。安倍派は積極的な金融緩和や財政出動を求める「リフレ派」を推進してきたからだ。なかでも、5人衆の萩生田光一・前政調会長と世耕弘成・前参院幹事長はアベノミクスを継承する積極財政論の急先鋒だ。
■後ろ盾の自滅で「ほぼフリーハンドを得た」
そもそも、安倍晋三元首相の死去後、日銀内でリフレ派の影響力はしぼんだ。「黒田バズーカ」として大量の国債購入と資金供給の拡大による緩和策を打ち出した黒田東彦総裁が退任し、植田和男体制に移行すると、正副総裁からリフレ派が消えた。現体制のリフレ派は政策委員会全体で審議委員2人にとどまる。
リフレ派の縮小に、安倍派という後ろ盾の自滅が重なり、日銀は2013年から続ける金融緩和の「出口」に向かって「ほぼフリーハンドを得た」(エコノミスト)というわけだ。
事実、自民党の裏金疑惑が浮上後、日銀幹部から「出口」を思わせる発言が相次ぐ。植田総裁は「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになると思っている」(今月7日、国会)と答弁。マイナス金利の早期解除観測が広がり、円相場は瞬時に円高ドル安に振れた。
氷見野良三副総裁も「出口を良い結果につなげることは十分可能」(今月6日、講演)と言及。「出口」の時期は「特段の予想を持っていない」とかわしたが、市場では金融正常化の「地ならし」と受け止められた。
■「1月か4月」囁かれる正常化の2つの有力論
植田総裁はチャレンジング発言を「今後の仕事の取り組み姿勢一般」(今月19日、金融政策決定会合後の記者会見)と説明し、火消しを図っているが、「出口」は確実に近づく。正常化の前提である2%の物価目標は3年連続で達成される見込みで、日銀が重視する来春闘の賃上げ機運も高まっているからだ。経済界から「できるだけ早く正常化すべきだ」(十倉雅和・経団連会長)と外圧も強まる。
インフレ退治で金融引き締めを続けてきた米連邦準備理事会(FRB)は2024年に利下げを始めると示唆し、日米の金利差が縮小して円高方向に一層振れれば、日銀は判断を急ぐ可能性もある。
では、金融正常化はいつか。日銀が新たな物価見通しを示す「24年1月」と、春闘の動向が見極められる「24年4月」が専ら有力だ。
安倍派の退場で聞こえ始めた「蛍の光」。さらば、アベノミクス。
(文:笹川賢一)