「矢沢永吉さんのファンで、中学生くらいからずっとキャロルを聴いて育ちました。だから、矢沢さんが撮影終了後の打ち上げで歌ったり、武道館のコンサートに招待してくださったりしたのは、心に残る思い出です」
と、『アリよさらば』で矢沢と共演した湯江タケユキさん(56)が語る。矢沢がドラマ出演することは、当時大きな話題になった。出演を渋る矢沢に、ドラマ制作サイドが「怖いんですか」とあおり、矢沢が「じゃあ、やってやるよ!」と応じたといわれている。
「そういう状況があったということは、スタッフから聞いていました。出演の経緯をボクに伝えるということは“そこまでして矢沢さんに出演をしてもらったのだから、心してかかるように”というメッセージだったのでしょうね」
そんな矢沢は、初顔合わせのときから個性的だったという。
「主演の方にこんなに待たされたことはなかったくらい、待ちました(笑)。でも、コンサートの始まりを待つときの高揚感みたいなものがあって、矢沢さんが姿を現したときは、心の中で“おーっ”と盛り上がったんです。でも、ふだんの撮影現場では、恐れ多くて簡単に声をかけられず、離れたところで様子を見ているだけ。でも、コーヒーを飲んだり、座ったりするだけでかっこいい」
撮影中、OKが出ているのに「矢沢、もう1回」「これは矢沢じゃない」と撮り直すこともあった。そんな矢沢が気持ちよく撮影に臨めるよう、スタッフも気を使っていたという。
「楽屋には矢沢さんのお好きなものを用意していたそうです。ケータリングのカレーが用意されたとき、『矢沢、これ食べると3回連続でカレーになっちゃう』と言っていたので、よほどお好きなんだと」
矢沢ファンであった湯江さんだが、ドラマの中では敵役。
「若かったので、どれほど演じられたのかわかりませんが。当時は27歳、青春ドラマの若者役から大人の役に切り替わっていった時期でした。演技にも、いろいろ迷いがあったんです」
そんな状況を察したのか、あるとき共演者の長塚京三が空き時間にお茶に誘ってきたという。
「長塚さんから『あれだけのスターがいても、ボクらは“職業俳優”としてしっかり現場に向き合わなければね』とアドバイスをいただき、地に足がついた演技ができるようになりました。憧れの矢沢さんとの共演、そして長塚さんの“職業俳優”という言葉は、今でも宝ものです」
『アリよさらば』(TBS系・1994年)
アリの研究をしていた安部良太(矢沢永吉)は、恩師(松村達雄)の頼みで高校3年生の臨時担任に。ベテラン教師と衝突しながらも教師という仕事にめり込んでいく。生徒役として井ノ原快彦、長瀬智也、松岡昌宏が出演していたことも話題に。