「50代で私の身に起きたことは、自分を変えて人生をやり直すために必要だったんだと思います。それまでは“自分を犠牲にしても頑張れば何とかなるはず”と、無理をするのが当たり前で、自分に我慢を強いていたんでしょうね」
そう話すのは、女優の南果歩さん(62)。2016年、52歳で乳がんに罹患。翌2017年、53歳のときに重度のうつ病を発症、そして2018年、54歳で2度目の離婚と、荒波の50代を乗り越え、いま、自分らしく60代の人生を歩いていると語る。
南さんは、1995年、作家と1度目の結婚。長男を出産も2000年に離婚。
その後、2005年に俳優と再婚するも、50代に入った3年の間に、健康、家庭、仕事を立て続けに失うという試練に直面したのだった。
「これほどの衝撃がないと、自分を幸せにすることがいちばん大切なのだと、気づけなかったんでしょうね。この経験を通して、私は、人生は何度でもやり直せると、心底思えるようになりました。そして笑顔で還暦を迎えられました」
笑顔を取り戻すまでの軌跡を綴った『還暦スマイル』(小学館)を出版した南さんが、その辛苦の経験と、そこから見つめた“自分らしさ”について振り返った。
「それまで健康に関して『私は大丈夫』と、根拠のない自信があって、定期的な健康診断も受けていませんでした。あるとき、人間ドックという言葉が気になって仕方なくて。当時の夫に検査を勧めたところ、初期の進行性胃がんが発見されました。同時に、私も検診を受けたほうがいいと思ったんですが、そのときは予約がいっぱいで」
キャンセル待ちで空きが出て受けたマンモグラフィー検査で、ステージ1の乳がんが見つかった。
「『まさか私が?』と、ドラマのようで、青天の霹靂で、まるで時間が止まったような“静けさ”を感じました。連続ドラマの撮影中でしたので、撮影を終えてすぐに手術を受けました。そのときは病巣を取り除けば、すぐに元の健康状態に戻れると思っていました」
手術後、全身麻酔でもうろうとした意識の中で、医師や看護師にお礼を言った記憶があるという。
翌日には、立ち上がって歩き、手術後2週間で、当時の夫が出演する舞台のニューヨーク公演を支えるために渡米した。
「妻としてやれることをしなければと、固定観念に縛られていて、無理してたんです。無謀ですよね」
帰国後にはホルモン療法を始めたが、舞台『パーマ屋スミレ』の稽古期間と重なっていた。
「稽古から家に戻ると、何もできない状態でした。でもこの作品の役を演じることが、私の支えとなり、力を与えてくれたんです」
公演後、放射線治療と抗がん剤投与が始まるが、副作用も激しく、投与後病院で倒れることも。
「セカンドオピニオンを受けて、主治医とも相談し、投薬も抗がん剤もやめる決断をしました。これは、あくまでも私個人としての一つの選択です。伝えたいことは、私の経験を一つの例として、みなさんには『検査を受けてください』ということ。また罹患後の社会復帰をどうしてきたかを伝えるのも大切な私の使命だと感じています」
病と向き合う南さんに究極の追い打ちをかけたのが、2017年の当時の夫の不倫騒動だった。当事者である南さんは、その一報を週刊誌の報道で知ったのだという。
「その瞬間、立っていた場所が崩れ落ちるようで、自分の居場所が一瞬でなくなる感覚でした。真っ暗な崖を、後ろから突き落とされたようなショックと絶望感でした」
