伊勢神宮の「式年遷宮」に向け、長野県上松町で行われた祭事「御杣始祭」に祭主として出席した黒田清子さん(写真:共同通信・2025年6月3日) 画像を見る

今国会が会期末を迎える7月中旬までに、高市政権が目指す皇室典範の改正。6月10日に国会での議論が「立法府の総意」として高市早苗首相に伝えられ、目下政府では改正案の策定が進められている。

 

改正の軸の一つになっているのは、結婚後の女性皇族が皇族の身分を保持する案だが、最終的にどのような形となるのか、見通せない状況は続く。

 

「この“身分保持案”について、『立法府の総意』では結婚した女性皇族の配偶者とそのお子さまを皇族とするか、結論は示しませんでした。また、現在いらっしゃる女性皇族が今後結婚されて身分を保持するのかどうかは、選択制とするとしています。政府がどういった形で最終的に国会に改正案を示すのか、詰めの作業が進められています」(全国紙政治部記者)

 

戦後、結婚で皇室を離れたのは9人。直近では、2021年に小室圭さんと結婚した眞子さんが記憶に新しい。平成の時代には2018年に日本郵船社員の守谷慧さんと結婚した高円宮家の三女・守谷絢子さん、2014年には出雲大社権宮司の千家国麿さんと結婚した高円宮家の次女・千家典子さん、2005年に東京都庁職員の黒田慶樹さんと結婚した、天皇陛下の妹・黒田清子さんがいる。

 

とくに黒田清子さんは、上皇ご夫妻、そして兄である天皇陛下や秋篠宮さまからの信頼も厚い存在だった。当時を知る宮内庁関係者はこう振り返る。

 

「皇室にいらっしゃるとき、上皇さまや美智子さま、天皇陛下や秋篠宮さまはさまざまな懸案を清子さんに相談なさるほど、お人柄や広範な分野に及んでいた才知に絶大な信頼を寄せていらっしゃいました。また公務面でも、社会福祉などの分野はもとより、積極的な外国ご訪問を通じて国際親善での貢献も大きく、宮内庁内で高い声望がありました。

 

結婚が決まると、『紀宮さま』が皇室を離れることに対して惜しむ声も多く上がったことが思い起こされます。一時は清子さんに『皇女』の尊称を贈り、民間人として公務を一部委嘱する案が政府や宮内庁内に浮上するほど、復帰を望む声は高かったのです」

 

現在も鳥類の研究者として山階鳥類研究所のフェローを務め、また2017年から伊勢神宮祭主を務める清子さん。この6月にも、祭主としての奉仕に臨んでいた。

 

「6月15日から17日にわたって催された月次祭(つきなみさい)に清子さんは臨まれていました。月次祭は皇室の安寧と国の繫栄、五穀豊穣を祈るお祭りで、毎年6月と12月に執り行われています。祭主の清子さんを先頭に歩く神職たちの様子に、居合わせた参拝者や観光客からも感嘆の声が上がっていたと聞きます。

 

清子さんは神宮の大きな祭典のたびに三重県伊勢市に東京から通い、祭祀が終わると御所に参内し、天皇陛下への報告も行っています」(皇室担当記者)

 

祭主としての仕事以外にも、国民が見えないところで天皇家への献身的な貢献を続けているという。前出の皇室担当記者は続ける。

 

「先日の葉山でのご静養では、上皇さまと美智子さまのお元気な様子が拝見できました。とはいえ、5月上旬に予定されていた大相撲ご観戦を直前に取りやめられるなど、ご体調が万全とはいえない状況が続いています。

 

美智子さまは上皇さまの日常をお支えすることを最優先になさっており、黒田清子さんも可能な範囲で手伝われていると伺っています。平成のころはたびたび、ご自分の運転で皇居の乾門を出入りされるお姿をお見かけしました。現在も、仙洞御所のある赤坂御所に通われているとも伺っています。

 

天皇陛下や秋篠宮さまはご公務でお忙しく、上皇さまや美智子さまが本音でさまざまなことを相談されたりできるのは清子さんだけになっています。皇室を離れてもなお、ご家族内で頼りにされる存在でいらっしゃるのです」

 

民間人として、皇室を支え続ける。天皇家が“サーヤ”と呼び親しみ、頼りにされてきた清子さんの生き方は、これからも変わらないのだろう。

画像ページ >【写真あり】沿道から感嘆の声が上がった黒田清子さんの様子(他11枚)

出典元:

WEB女性自身

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