女性特有のがんの患者の交流会を主宰する原千晶(撮影:長谷川新) 画像を見る

子宮頸がんと子宮体がん、そして乳がんは“女性のがん”といわれることもある。女性のがんに罹患しつつも、前向きに乗り越えている人たちがいる。

 

■「全摘の決断ができなかったことが悔やまれる」

 

「みんな本当にすごいんです。がんを経験した方々が10年、20年経って山登りを始めたり、海外旅行に行ったり、推し活で全国を飛び回ったり……。自分の人生をしっかり謳歌していて。いまは一人ひとりの物語を、存在の証として残したいと思い始めました」

 

タレントで女優の原千晶さん(52)は、がん闘病を公表してから約15年が経ったいまもサバイバーとして積極的に啓発活動を続けている。

 

自らの経験を誰かのために役立てたいと、2011年から女性特有のがんを患う患者同士が思いを共有する「よつばの会」を主宰。これまでに約800人のがん経験者の話を聞いてきた――。

 

そんな原さんのがん闘病は決して平坦ではなかった。

 

2004年に子宮頸がんが発見され、子宮を温存する円錐切除術を選択。闘病を周囲に明かすことなく仕事を続けていた2009年、今度は子宮体がんが見つかってしまう。

 

「最初の手術を受けてしばらく経ったころ検診を怠ってしまったこと、全摘の決断ができなかったことが悔やまれます」

 

このときはすでにリンパ節に転移していたため、子宮の全摘手術と抗がん剤治療を選択した。

 

「抗がん剤では髪が抜け、体調が激変し、人生観が百八十度変わりました」と当時を振り返る。この治療中もテレビ出演を続け、医療用ウィッグを活用しながら仕事をこなした。

 

「医療用とおしゃれなスタイルを2つ買い求めました。カミングアウトしていなかったので、ヘアメークさんにだけ伝えて、髪の毛の生え際をペンで緻密に描いてもらったりしていました」

 

治療を終えたタイミングでがん闘病を公表した。

 

つらい治療を乗り切れたのは当時交際中だった夫の、「動じず、同じ歩幅で並んで歩く」静かな寄り添いや、実母が札幌から上京し生活全般を支えて食事を作ってくれたことが大きかったという。

 

「夫の両親に病気を報告したとき、夫に『お前のほうから彼女を裏切ったりしたら許さないぞ』と言ってくれたときは、泣きましたね」

 

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