今年も那須で静養された愛子さま(写真:JMPA) 画像を見る

「写真家には、人物を前にしたとき、撮りたいか撮りたくないかという直感が働く、困った習性があります。特に最近の私は、女性に対しては、なかなかシャッターを押さなくなっていました。

 

しかし愛子さまが2メートルほど前に座られたとき、久しぶりにこの女性を撮ってみたいという衝動に駆られたのです。撮影が禁止されていた場であったのは、返す返すも残念です」

 

そう語るのは『全東洋街道』『東京漂流』『メメント・モリ』などの作品で知られる、作家としても著名な写真家の藤原新也さん。

 

藤原さんが、日本芸術院賞を受賞したのは今年3月のこと。そして7月6日、天皇皇后両陛下は、皇居・宮殿に受賞者らを招いて茶会を催された。

 

「写真集『祈り』について、愛子さまは『写真集を拝見して、藤原さんと会話をしているような気持ちになりました』と、おっしゃったのです。私が写真と言葉に込めたメッセージを受け取ってくださったのだと感じました。

 

私の目の前に座られた愛子さまは、とてもきれいな方でした。“きれい”と言っても表面的なものだけではありません。そのきれいさに奥の奥があるのです。その細胞から発せられるオーラは、いったい何だろうという思いに駆られて、会話の内容はあまり覚えていないというのが正直なところです」(藤原さん、以下同)

 

その奥深さの答えがわかったのは、茶会が終了し、皇居を辞すためにバスに乗ったときだった。

 

「うっそうとした原始の森に抱かれた、まるで太古の山椒魚がすんでいるかのようなお濠が目の前をよぎったとき、愛子さまの奥深さがどこから来たものかわかったのです。こうした広大で手つかずの自然が都心に残る皇居という環境で生活されているからこそ育まれた奥ゆかしさなのだということでした。

 

“愛子さま人気”という俗っぽい言葉がありますが、それはタレントのような人気ではなく、汚れなき異なった世界によって醸成されているものだということを認識する必要があると思いました」

 

この数カ月、日本中が注目してきたのが皇室典範改正問題。

 

「今回の改正皇室典範において、旧宮家の男系男子を皇室に迎えるという案がありますが、その方がたとえどのような高級住宅地で育ったとしても、愛子さまのような奥ゆかしさや高貴さは決して持てないでしょう」

 

仏教で説かれる「顔施(がんせ)」とは、にこやかな表情や優しい笑顔で人に接すること自体を施しとみなす教えだという。

 

「愛子さまは、そのお顔により人々の心を救う力、優れた仏像などが持つといわれる顔施をお持ちなのです。

 

なぜ国民の多くが、愛子さまを支持するのでしょうか。それはこのギスギスした社会環境で、人々が無意識のうちに、愛子さまの奥ゆかしさに救われているからだと思います。

 

世を照らしてくださるという意味で、愛子さまは皇室の祖先神である天照大神にも近い存在なのかもしれません。

 

繰り返しになりますが、旧宮家からの養子が、そうした顔施のような力を持つことができるでしょうか。それは難しいということが、皇居に入って、間近に愛子さまにお会いした私の感想です」

 

画像ページ >【写真あり】愛子さまの存在感などについて本誌に寄稿した藤原新也さん(他11枚)

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