元プロ野球選手でタレントの板東英二さんが7月22日に慢性心不全により亡くなった。86歳だった。俳優やタレントとして軽妙なトークでお茶の間を沸かせた一方で、近年は表舞台から姿を消し、芸能界でもその消息を知る人はいない状態だと報じられていた。
そんな板東さんは、‛15年に出版した自著『板東英二の生前葬』(双葉社)の中で、自らの引退や最後の夢についてユーモアを交えながら赤裸々につづっていた。
本の中でたびたびも登場するのが、芸能界を引退した島田紳助氏(70)との深い縁だ。
「“彼はきっと伸びるから可愛いがっておくといい”と上岡龍太郎さんから紹介されたのが若かりし頃の紳助さんでした。板東さんはまだ売れる前の紳助さんに営業の仕事を回し、当時としては破格のギャラを渡していたそうです。紳助さんは売れっ子になってからも“苦しい時代に、仕事をいただいた恩は一生忘れません”と繰り返し語っていたことを本のなかで明かしています」(芸能ライター)
そんな二人の間には、一風変わった「約束」があったという。板東さんの引退番組と葬儀を、すべて紳助氏がプロデュースするというものだった。
《引退番組はタイトルも内容も、紳助によってすべて決められました。引退して日付が変わった瞬間から朝6時まで、生放送でブラブラしているだけの様子を俯瞰で撮影、一般人になった板東を追いかけるという企画。タイトルは「板東英二、今夜も徘徊」。それを各局に頼んで、全国ネットで流してもらうというんです》(以下《》内は『板東英二の生前葬』からの引用)
また、自身の葬儀についてもユーモアたっぷりに構想を明かしていた。
《「本葬」のほうも全部決まっています。島田紳助が「俺が葬儀委員長をやります」といってくれて。僕は徳島県の鳴門出身だから、お葬式では鳴門金時をお棺の中にいっぱい入れる。看取ってくれるのは上岡龍太郎さん、紳助、鶴瓶やお世話になった方々。僕はみんなに看取られながら、「色々ご迷惑をかけたし、屈辱も味わったし、腹黒かったし、行儀の悪い人間だけど、最後は“今日限りでありがとうございました”と言ってお別れします。遺体を焼いたあとはさつまいもの匂いが煙突からポーと出ててね」》
しかし、その後、紳助氏は‘11年に芸能界を引退。さらに翌年には板東さん自身も申告漏れ問題で芸能活動を休止し、2人が思い描いた“引退セレモニー”は実現することはなかった。
それでも、自著には紳助氏への感謝も記されている。活動休止中、落ち込む板東さんを何度も食事へ連れ出しては《お互い色々あったけど、前を向いて歩いて行こう》と励まし続けてくれたという。
そして、巻末で板東さんが「人生最後の夢」として挙げていたのは、意外にも華やかな芸能界のイメージとはほど遠いものだった。
《紳助、さんま、鶴瓶らと場末の一杯飲み屋をやること。紳助は料理が好きだから、板前をやってもらう。僕は掃除の担当、さんまはワーワーとうるさい客、鶴瓶は店の外でウロウロしているオッサンです》
気心の知れた芸能界の仲間と笑って過ごせる理想の晩年を、板東さんは楽しそうに思い描いていた――。叶わなかった約束と夢もまた、板東さんらしい温かな人生の一ページだったのかもしれない。
画像ページ >【写真あり】「全然変わってない!」島田紳助氏の近影(他2枚)
