岩田屋商店の3代目・岩田謙一さんと妻・舞さん(撮影:須藤明子) 画像を見る

「すみませーん! “こどもぼうる”くださーい!」

 

その小さな女の子はカウンター前に歩み寄ると、店内の喧騒に負けじと元気な声を上げた。注文を受けたのはキャップ、メガネにヒゲの男性スタッフ。女の子と目線を合わせるように屈み込み「はいよ、何色がいい?」と聞き返す。すると女の子は少しの間、考えを巡らせてから、また一段と大きな声を張り上げて「あかー!!」と。

 

ここは東京・東向島。古くからの商店と、新しく建てられたマンションが混在する商店街の一角に、酒店「岩田屋商店」はある。ガラス張りのおしゃれな外観。「イワタヤスタンド」と名付けられた立ち飲みスペース“角打ち”を併設し、客はビールや日本酒を買って帰るだけでなく、比較的安価に、その場で酒を楽しむことができる。

 

連日、多くの左党が集う岩田屋商店。昨年には日本経済新聞の「何でもランキング(角打ちの名店)」で見事1位に。取材に訪れた週末の午後も、まだ日も高いうちから、たくさんの客でにぎわっていた。

 

しかし、よくよく店内を見渡してみると、そこには角打ちらしからぬシーンがちらほら。ほろ酔いの大人たちに交じって、冒頭に登場したような子どもの姿が、やたらと目につくのだ。杯を傾ける大人たちのすぐ隣で駄菓子を?張り、くじ引きやけん玉に興じる子どもたち。なかには、真剣な眼差しで、テーブルに広げた宿題のプリントに取り組む小学生まで。

 

「はい、1枚くじ引いてー。さーて、何が当たるかなぁ」

 

今度は女性スタッフが、くじ引きをする学齢前の幼いきょうだいに柔和な笑みを向けていた。

 

角打ち=酒場を満喫する子どもたち……。不思議な光景を目の当たりにしてあっけに取られていると、「うちは、みんなが自由に集まれる店なんで」と、前出のヒゲの男性が愉快そうに教えてくれた。

 

岩田謙一さん(44)。ここ、岩田屋商店の3代目だ。次いで、くじ引きの子の相手をしていた女性が「私たち2人とも、じつは社会福祉士なんです」と打ち明ける。謙一さんの妻・舞さん(43)だ。

 

夫婦は長年、福祉の仕事に従事。路上生活者や生活保護受給者らを支援する現場にいた。店を承継したいまも、謙一さんは民生委員と児童委員、舞さんは保護司として、地域福祉に関わり続けている。だが、そのことを前面に打ち出そうとはしていない。謙一さんは言う。

 

「それを看板に大きく掲げるのはいやで。たとえば、行政が主催する相談会とかって『困ってる人、来てください』と呼びかけると、本当に困ってる人は、なかなか足を運んでくれないんです。だから、うちは“みんな”に来てもらえる店にする。それが、ここを引き継いだときに目指したこと」

 

舞さんが言葉を継いだ。

 

「ホスピタリティは高く、でも“敷居は限りなく低く”です」

 

その言葉どおり、店はフルフラットのバリアフリー。店内の通路は車いすが十分に通れる幅を確保。ノンアルコール飲料も充実していて、かき氷のシロップを炭酸や水で割る特製ドリンク「こどもぼうる」は子どもたちに大人気だ。

 

どんな人にも優しくデザインされた角打ち。敷居の低さから、水だけを飲みに立ち寄る高齢者や、トイレだけ借りに来る車いすユーザーも。謙一さんは力を込める。

 

「水だけ? もちろん無料ですよ。うちはそれでいいんですよ。すべての人が来られる場所にすることで、本当に困ってる人も、きっと気軽に来てくれるはず……、そういう淡い期待もあるんです」

 

2019年、謙一さんは社会福祉法人を退職し、岩田屋商店の3代目に。同時に店のリフォームにも着手する。遅れて’22年の春には舞さんも参画。その年の11月には改装が終わり、現在の店舗が完成。夫婦は力を合わせて岩田屋商店を生まれ変わらせたのだ。謙一さんは言う。

 

「店の入口側全面をガラス張りにしたことにも一応、意味があって。通りを歩きながら、店内の様子がしっかり見られるように。こうすることで、少々、引っ込み思案の人でも、少しでも入りやすくしたかった」

 

それは、1人でも多く誘客するという経営的な狙いはもちろんだが、夫婦が目指す「みんなの場所」のためにも、大事なことだった。

 

「新しいおしゃれな角打ちは、もういくらでもあります。でも、うちが目指すのはそこじゃない。だから僕は、もう改装前からノンアルコール飲料や、駄菓子を置くことにもこだわったんです。お酒を飲まない人、子どもにも来てもらいたいから。駄菓子の儲けなんて1個1円とかですけど。それでも、来てもらう人の分母を大きくするためには、必要な商品だと思って」

 

分け隔てなく、みんなが来られる店ならば、そこに困っている人もきっといる──。謙一さんたちのその予想は、決して的外れではなかった。

 

「知的障がいでお金の管理がうまくできない人、夫のDVに悩んでる人、いろんな相談に乗りました。でも、決して僕らから聞き出すことはしません。僕らはお客さんの顔を観察しながら、たわいもない話をしながら。そうやってゆっくり親しくなったあとで、お客さんから『じつは……』と打ち明けられるんです。

 

相談を受けたら? じっくりと聞いて、行政の窓口や専門機関を紹介したりもします」

 

商品のラインナップに駄菓子を入れていたことで、こんなことも。

 

「それは新店舗開店前、仮店舗のときでした。駄菓子を万引した男の子がいたんです。僕が見つけて『ダメだよ、お金持ってないの?』って聞いたら『持ってない』と」

 

謙一さんは男の子の様子を観察しながら、質問を続けた。「今日は何を食べたの?」「毎日、何を食べてるの?」「お父さん、お母さんは?」。その子は訥々と答えたという。「今日は何も食べてない」「いつもはお母さんが置いてくれる菓子パンを1日1個」「夜はお父さんもお母さんも家にはいないよ」

 

すぐに「この子はネグレクト(育児放棄)の被害者だ」と気がついた謙一さんは、児童相談所に連絡を入れた。果たして、無事にその男の子は保護されたという。

 

「経営者としては失格かもしれませんが、万引の被害なんてどうでもいいというか。敷居を低くしていたことで、その子はうちに来て、ちゃんとSOSを発信してくれたのかなと思ってるんです」

 

(取材・文:仲本剛)

 

【後編】困りごとを抱えた人がそっと立ち寄れる場所。駄菓子とソーダで乾杯できる「最新の角打ち」へ続く

 

画像ページ >【写真あり】老若男女、子どもも障がいのある人もウエルカム(他3枚)

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