動画4:母の誕生日(簡易ナレーションと英語字幕つき)

imageさ〜て、何から撮ろうか、と監督兼撮影の私は、当然ながら考える。

たった1人で、ささやかなクランク・インだ。そこで、思いついたのが、母の誕生日が、9月22日だ、ということだった。やっぱり、誕生日は、絵になる!監督の私が、撮影の私に話しかける。

「いいね、母の誕生日を撮ろう。」

私は、早速、母の大好きなモンブランのバースデー・ケーキを用意し、姪っ子二人が夜やって来たのを待って、母の誕生祝いを撮影した。バースデー・ケーキを前に、とても嬉しそうな母の顔を撮れてよかった・・・やっぱり母も誕生日祝いは、嬉しいんだなあ、と一人、感慨無量だった。

ところが、ここからが、ドキュメンタリー映画の本番が、始まったのである!その晩、姪たちが、帰った後、母は、例によって日にちを混乱して、セロテープで<22日>を貼付けた日めくりを見ながら、こう呟いた。

「22日かあ・・・誕生日だったけれど、誰も祝ってくれなかったなあ。」

はああ?私は、その時、カメラを持っていなかった!さ〜て、どうする?
ドキュメンタリー映画は、撮れなかった時にこそ、自分の撮りたいものが、はっきりと分かるものだ。そこで、私は、後日改めて、撮影を<仕掛ける>ことにした。母と私だけの二人の会話で、誕生日をやったのに、忘れたことを聞いてみようか、それとも、違う撮影にしようか。私が、決めたのは、一番下の姪を使う、ということだった。ただし、姪には、何も言わない。
夜の8時過ぎ、例によって姪が、母のところにやって来た。カメラを向けると、姪は、いつものように母にべったりと寄り添い始めた。機を見て、私は、一言投げかける。

「今年は、おばあちゃんの誕生日をやりました!」

その後の二人の自然な反応を撮ったのが、今回の「母の誕生日」の映像なのである。母が、孫には、72歳、とサバを読んでいるのも面白かった。
自然に撮れなかったものは、仕掛けて撮る。だって、ドキュメンタリー映画は、撮れないことだらけの映画形態なのだから。やらせじゃないかって?やらせではないドキュメンタリー映画なんて存在するんだろうか?どう思われますか?

※この「母の誕生日」には、英語の字幕がついている。それは、2009年12月に行われた北京国際ドキュメンタリー・フォーラムで現在進行形のオーストラリアからの新作ドキュメンタリー映画として紹介されたためである。

 

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