第15話 新しい展開

何から何まで全く分からず、手探りで母と暮らし始めて丸5ヶ月がたった。長かったような、短かったような無我夢中の5ヶ月だった、というのが、正直な感想
だ。

母の認知症の症状は、一刻一刻、悪くなっていっているような気がしてならない。益々繰り返しの話しが、多くなり、何よりも心配なのは、混乱が、ひどくなってきていることだった。

病院での脳のCTスキャンの結果、MRIを薦められた訳だから、今度は、母を脳神経外科に連れていかなければならない。

次なる目標は、母にMRIと長谷川方式のテストを受けさせ、きちんとした認知症の診断をしてもらう・・・そして、介護保険の認定を受ける。

ああ、「言うは、易し、行うは、難し」だなあ・・・

imageただ、ありがたかったのは、近所に介護の地域ケア・プラザが、2件もあり、脳神経外科もチャリ距離にあることだった。

助けを求めなければ、助けを得ることは出来ない。

早速、地域ケア・プラザに出向き、ケア・マネージャーの西迫さんに会い、母のことを相談すると、すぐ「お母様に会ってみましょう。」と言ってくださった。ケアマネは、信念と即行動する人なんだ、といたく感心させられた。

最近の私は、ずうずうしい。もちろん、カメラを回した。私にとってカメラが、ようやく自分の体の一部になりつつある。そんな風に感じられれようになった。

実は、心配事が、あった。母は、知らない人から訪問を受けることを極端に嫌がるのだ。
これは、昔からで、遂に私と妹は、母に承諾をもらって友だちを家に招いたことが、一度もなかった。

妹は、そんな母に反発したのだろうか。中高校時代は、母が米屋で働いていない時に限って、友人を招き、短大時代には、よくボーイフレンドを引っ張り込んだ。後でそのことを知った母の激怒は、当然ながらスゴかった。ボケた今でもその時のことを話すぐらいである。私は、と言うと、妹よりズルく、家を出た大学時代に、下宿先に友人たちを招くようにした。

母は、なぜそんなに人を家に招くことを毛嫌いするのだろうか。

何となく思うのは、母にとって家は、<領土>のようなものであり、誇りなのではないのか、ということだ。

image今住んでいる横浜の家は、45年以上も前に建てられた古い家だ。当時、母が、アルバムに新居の写真を貼付け<我が家の完成!>と踊った字で書いたことを鮮やかに思い出す。

今の母が、繰り返し言う言葉も「家と土地が自分のものなので、安心して老後を過ごすことが出来る。」なのである。

ともかく、そんな母の元へ、そんな家へ、ケア・マネージャーが、やって来る!

 

ドキュメンタリー映像作家 関口祐加 最新作 『此岸
彼岸』一覧

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 関口家でも使っている、家族を守る”みまもりカメラ”

 

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