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神戸女学院の外観の美しさだけでも既に感動を押さえきれない私でしたが、もちろんそれはほんの序章に過ぎませんでした。

友人と共に厚い石壁の建物の中に入ると、ひんやりとした空気に包まれました。天井の高い長い廊下の床は大理石。コツコツと靴音が響きます。

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▲総務館の廊下

 

重要文化財に指定されてから定期的に見学会(要予約)なども開かれていますが、この日は文学部の職員の方に特別に案内して頂きました。 

最初はちょっと緊張気味な厳粛な気持ちで。ところが職員の方の絶妙なユーモアにほぐされ、理学館の教室から教室へと移動しているうちに、たまらなく愉快になってきました。教室は単一的に四角く区切られているのではなくて、それぞれ個性を発揮していました。

廊下に出なくても隣の教室に繋がる不思議な扉があったり、部屋と部屋の間をハッチで仕切り、横に開閉する可愛い小窓で通じていたり。思いがけない場所に収納スペースを見つけることもありました。例えば、幾何か、お裁縫の教室として設計されたのでしょうか。壁面に、さまざまな長さの定規が備え付けられていました。その定規までもが、建物の一部のような顔をして整列したまま、建物と一緒に年を重ねているのです。資料や実験の器具などをしまう戸棚もすべて温かみのある家具調でした。

そんな細部にわたる心遣いから、ヴォーリズの温かい人柄が伝わってきます。

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▲総務館階段に設けられたステンドグラスの大窓と照明器具

 

職員の方によると、理学科の校舎にはさらに最大の謎とも言える仕掛けがあるそうです。理学館と文学館は中庭をはさんで向き合っています。ふたつは外からみたところ、とてもよく似た二階建てで、お対のように建っているのですが、実は理学館には「隠し三階」があるというのです。

確かに2階の廊下の影———見逃してしまいそうなところに、暗くて狭い階段がありました。上がっていくと、小さな部屋に突き当たります。そこは研究室として、今も活用されていました。どこか隔絶の感があり、部屋の主は雑事を逃れて、時間を忘れて研究に没頭できそうです。疲れたらそこから屋上出て、六甲の山々を眺めることもできます。

それにしても、どうしてふたつを違えたのでしょう。なぜこのような部屋が作られたのでしょう。秘密の研究のために? 匿わなければならない人のために? 私の陳腐な想像はさておいて、この意味ありげなヴォーリズの意匠について、神戸女学院名誉教授の内田樹氏が言及しているので引用します。

「ヴォーリズは「学びとは何か?」ということを彼の建物を通じてそこに集まってくる未来の若者たちに問いかけたからです。ヴォーリズの建物は安易な類推を許しません。一部がわかったからといって全体がわかるわけではない。建物の中のあちこちに大小さまざまな隠し部屋があり、隠し扉があり、隠し階段がある。よく意味のわからない廊下やスペースがある。建物全体がどうなっているのか知りたいと思ったら、自分で歩いて自分の眼でのぞき込むしかない。(略)そうやって学生たちが自分の決断で見知らぬ場所に踏み入る勇気、未知の空間へ続く扉を押し開ける勇気を持つように励ましたのです。」(玉岡かおる著「負けんとき 〜ヴォーリス満喜子の種まく日々〜下巻」解説より)

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▲縦長のアーチ窓から優しい光が射し込む。
 

私は「負けんとき 〜ヴォーリス満喜子の種まく日々〜」を同行した友人に薦められて後日読了したのですが、この書によって、女学院の初期卒業生である一柳満喜子———ヴォーリズの妻として彼の最も深き理解者であった女性———の半生を知ることができました。著者の玉岡かおる氏も女学院の卒業生なので、この校舎で過ごした年月、心身に刻まれた記憶が、ヴォーリズの、そしてその妻への興味を駆り立て、それが敬愛のかたちとなって表れた作品だと思います。さらに巻末におさめられた内田氏の解説は、私の中にすうーっと落ちていきました。

行き止まりはなく、扉の先にはまた扉がある。これは「赤毛のアン」の「曲り角の先にもきっと素晴らしい世界が広がっている」という言葉にも通じるポジティヴな精神です。

そして、勇気と想像力を持って扉を開いた者だけが知り得る世界がある。内田氏はこの学舎そのものがヴォーリズによる「学びの比喩」だと言います。

こうした見解は、私のような突然の来訪者がたどりつけるものではなく、また、日々を受け身に過ごしていては気づきません。長い年月を研究に捧げられ、学問の上でも、また実際に校舎の中を歩き回って、幾多の扉を自ら開かれたからこそ導かれ、体得した答えなのでしょう。人の真意は、自分も同じだけの経験と深さを持っていなければ知り得ない。結局、私はヴォーリズ建築の美しさとその雰囲気に酔うだけで、彼の哲学まで行き着いてはいませんでした。

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▲4代院長ソール女史の名前に因んだソール・チャペル。ステンド・グラスのキャンドルは新約聖書、ヨハネの黙示録の聖話から。
 

とは言うものの、続いて案内された総務館の講堂とそれに続くソール・チャペル(学院4代院長ソール女史の名前から)の美しさには、やはりため息ばかり。

ここで日々礼拝を守る学生さんたちが、ただただ羨ましくてたまりませんでした。

チャペルの7本のキャンドルのステンド・グラスは、新約聖書、ヨハネの黙示録第一章に記された7つの燭台に因んでいます。

12章—13章「そこでわたしはわたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。ふりむくと、7つの金の燭台が目についた。それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯びをしめている人の子のような者がいた。」

単純に十字架としなかったところに、ここにもまた学びの扉、想像の世界への誘いがあります。

祈りの場に集った者たちが、燭台の間に主イエス・キリストを「感じる」ために。心の目を開きなさいというヴォーリズからのメッセージなのではないでしょうか。

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▲木製トラス組の天井

 

プロフィール

村岡 恵理(むらおか えり)1967年生まれ。作家。翻訳家村岡花子の孫。東洋英和女学院高等部、成城大学文芸学部卒業後、雑誌の記者として活動。2008年、『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を上梓。本著が、2014年前期のNHK連続ドラマ「花子とアン」の原案となる。絵本『アンを抱きしめて』(絵 わたせせいぞう NHK出版)、編著に「村岡花子と『赤毛のアン』の世界」(河出書房新社)など多数。日経ビジネスアソシエにエッセイを連載中。

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