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すっかり寒くなりました。もう師走ですね。片岡愛之助でございます。

 

昨日より、京都四條南座にて「當る申歳 吉例顔見世興行」が開幕いたしました。四代目中村鴈治郎兄さんの襲名を披露する今年最後の興行になります。

僕は昼の部の序幕『碁盤太平記 山科閑居の場』で下僕岡平実は高村逸平太、第三の『心中天網島 河床』の江戸屋太兵衛、第四の『土蜘』で番卒藤内を、夜の部では、第二の『口上』と第四の『勧進帳』で富樫左衛門を勤めさせていただきます。

たくさんのお役をいただけたことは本当にありがたいことです。いろいろなお役を勉強させていただき、少しでも諸先輩方に近づきたいと思っております。

歌舞伎では、先輩方から「役」を“盗む”ことが基本となります。自分なりにできるように個々で練習をしてから、改めて細かい部分を教わりに行くことが多いですね。

父・片岡秀太郎は女方ですが、父から立役を教わることもあります。父は僕が教わりたいお役について聞くと、「わからないなぁ」と言ったことは聞いたことがありません。

父は女方だけでなく、立役も、また主役に限らず脇役まで、大抵のお役のことはわかっていらっしゃる。その上で、自分よりも適任だなと思う方が思い当たったときは、「誰それのところに習いに行きなさい」と指示をしてくださいます。

父が大抵のお役なら知っていることを、身を持って体験したのは、僕が30歳のときに手伝いをさせていただいた、「上方歌舞伎塾」開設のときでした。

父は講師として8名の入塾生たちの指導に当たったのですが、歌舞伎初心者の彼らにいきなり『菅原伝授手習鑑 車引』を演じさせたのには驚きました。

配役をして、1人1人手ほどきをしていくのですが、女方の要素が活かせる三つ子のひとり、桜丸を父が演じられるのは当たり前なのですが、ビックリしたのは松王丸も梅王丸も、敵役の藤原時平まで、完璧に演じられたということでした。父の見識の広さと、経験豊かさには講義ごとに息を飲みました。

父が東京に出演のときは、僕が代稽古を勤めましたが、平均すると5歳前後しか違わない塾生たちに何を教えたのか。ただただ必死だったことを覚えています。

昔も今も、お役をいただいて、公演が終わると、もう1回このお役をやりたい、と本気で思います。

千代丸時代、祖父の十三代目片岡仁左衛門の芝居を間近で見る機会に恵まれました。十三代目は「一生修業や」とおっしゃって、始終役のことばかりを考えておられました。

そのお役の人は何を考えて、周りの人たちとはどういう人間関係なのか。性根を履き違えていなければ、大胆な言い方をすれば、何をやってもその役なのです。

とはいえ、僕には、このお役はもうできた、と思うことは一生ないかもしれません。

日々是精進。この精神でこの顔見世興行も勤めさせていただきます。

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父と歌舞伎座の楽屋で。仲良し親子です。
(C)片岡愛之助

さて、僕が進行を務めさせていただいております、BS日テレ「片岡愛之助の解明! 歴史捜査」(木曜日21時~)から、日めくり『片岡愛之助が贈る 歴史上の英雄!今日の名言~毎日を前向きに生きるメッセージ!~』が好評発売中です。

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「片岡愛之助が贈る 歴史上の英雄!今日の名言~毎日を前向きに生きるメッセージ!~」日めくり
(C)BS日テレ

 

12月からでもさっそくお使いになれます。

一家にひとつ、いかがですか?

 

寒さにお風邪などお召しになりませんよう、ご自愛ください。

片岡愛之助

プロフィール

1972年3月4日生まれ。’81年12月、十三世片岡仁左衛門の部屋子となり、南座『勧進帳』の太刀持で片岡千代丸を名乗り初舞台。’92年1月、片岡秀太郎の養子となり、大阪・中座『勧進帳』の駿河次郎ほかで六代目片岡愛之助を襲名。’07年12月上方舞・楳茂都流の四代目家元を継承し、三代目楳茂都扇性(せんしょう)を襲名した。