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ここ1カ月、韓国では豆一袋の渡し方が前代未聞のスキャンダルを引き起こしています。“ナッツ・リターン”と呼ばれる今回の騒動。なぜ韓国社会でここまで大きな社会問題に発展したか、不思議に思っている方も多いのではないでしょうか。今回は、ナッツ・リターン騒動にみる韓国社会の財閥問題に焦点を当てたいと思います。

 

事件は2014年12月、離陸のため滑走路に向かい始めたニューヨーク発‐仁川行き大韓航空機の機内で起きました。ファースト・クラスに搭乗した同社副社長(当時)のチョ・ヒョンア氏が、機内乗務員のマカデミア・ナッツの渡し方に激怒。機内乗務員やサービス責任者に暴言や暴行を加え、飛行機を引き返させてサービス責任者を降ろしたのです。さらに事件発覚後、偽証への圧力や証拠隠滅への指示など組織ぐるみのもみ消し疑惑も浮上。世論の批判は一気にエスカレートしました。

 

その後、チョ氏は航空保安法違反容疑などで逮捕されました。同法の罪状は2つ。1つは乗客が乗務員に暴言・暴行を行ったこと。もう1つは運行中の航空機の経路を変更させ、サービス責任者を強制的に降ろしたことです。チョ氏は乗務員への暴言・暴行は概ね認めながらも航空機の運行妨害は否認しています。というのも航空機航路変更罪は罰金刑のない重罪で、有罪判決となると1年以上10年以下の懲役刑を免れなくなるからです。

 

チョ氏といえば、韓国10大財閥の一つ「韓進グループ」の会長の長女です。ちょっと前まで財閥一族は、有罪判決を受けても恩赦などで実質的に処罰されないという不健全な慣習で庇護されてきました。しかし、ここにきて状況は大きく変わってきています。

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理由は3つ。一つ目は昨年4月のセウォル号事件など、財閥企業関連の大型人命事件が起きていたこと。二つ目は「経済成長を優先するあまり、貧富格差問題への取り組みが消極的」と批判されてきた朴槿恵大統領に“レームダック(死に体)現象”が現れていること。そして三つ目に、世界一のネット大国と言われる韓国では政府や財閥の活動が国民によって徹底的にチェックされ、些細な不祥事でもインターネットを通じて一気に拡散されるようになったこと。これにより政府や司法も国民感情に配慮せざるを得なくなったのです。

 

つまり今回の騒動は、貧富格差が拡大するなかで深刻化する財閥一族の傲慢さが表面化した象徴的出来事と捉えられているようです。

 

韓国は、経済の発展モデルとして1950年代から日本の財閥モデルを採用。60年代から90年代にかけて目覚ましい経済発展を遂げ、今や韓国経済の7割以上が財閥に依存する構造になっています。いっぽう財閥事業の多くは利権事業で、以前から政治と経済の癒着構造が問題視されてきました。

 

財閥は、財閥一族で構成されるトップへの権力集中が激しい経営体制です。トップの力量が優れている場合は、迅速な意思決定や大胆な実行力で大きな成果を期待できます。しかしトップの力量が劣っていたり倫理的に問題がある場合は、一気に経営が傾いてしまう。さらに今のような貧富格差が広がっている状況では、財閥の世襲や同族経営、そしてその一族の理不尽で傲慢な態度への風当たりが極めて強くなっている。そのため今回のような財閥一族の不祥事が起きる度に、韓国国民は傍から見れば過剰とも言える反応を見せるのです。

 

とはいえ、ネット時代における魔女狩りのような報道合戦や徹底的な攻撃は、個人を極限まで追い込んでしまう側面があることも理解すべきです。人間は誰もが過ちを犯します。しかし彼らには反省の上でやり直す機会を与えるべきで、決して無慈悲な社会になってはいけないと思います。

 


ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)

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吉本ばなな

1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。

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