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前回は、世界中の戦争や宗教的対立を乗り越えるために日本の「茶道の精神」がヒントになるという話をしました。その“お茶”という切り口から東洋文化の素晴らしさを西洋に伝えようとしたのは、岡倉天心でした。

 

東京芸術大学の前身である東京美術学校の創設に貢献した彼は、1906年にニューヨークで「The Book of Tea(茶の本)」を出版します。彼は茶の文化を通して近代欧米の物質至上主義を批判し、心を大事にする日本的精神の神髄を読み解きました。

 

そして最近、ある日本人の若い女性による一冊の本が世界各地で大反響を呼んでいます。日本でもミリオンセラーとなった片づけコンサルタント“こんまりさん”こと、近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』です。

 

この英訳本が昨年1014日に全米で発売されるやベストセラーとなり、今や世界で合計200万部以上が売れています。3月1日の時点で米国Amazonのサイトを見たところ、総合ランキングで1位に輝いていました。そこには1千件を超える読者コメントが寄せられており、関心の高さがうかがえます。

 

なぜこの日本の片づけ本が、ここまで欧米諸国で愛されるのか。私が注目したのは、100年以上前に米国で出版された岡倉天心の『茶の本』と根底に流れる精神性が類似しているという点です。

 

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第1に、脳による理性を妄信することなく、心による感性や身体感覚を大事にしている点。日常のなかで、われわれはどうしても左脳的な損得計算や安易に欲望を満たすための消費に走りがちです。ある意味、それは資本主義に毒されたと言ってもよいでしょう。しかし本当に重要なのは、理屈などではない。そして、この本も“脳を先行させず、心や体に耳を傾けて判断することで日常の身体感覚を取り戻す”大切さを述べているのです。

 

第2に、近藤さんは大切なものを大切にするためにも、大切ではないものを捨て去ることが必要だとしています。捨てられるものに対しても、今まで自分のために役に立ててくれたことへの感謝の気持ちを持って別れを告げる大切さを述べています。これは、天心の自然と人間を一体的に捉える思想と似ています。命は自然から生まれ、自然に戻る。天心はその考えに基づいて、常に自然に感謝しながら生きる大切さを説いたのです。

 

第3に、近藤さんは「日常をときめくモノに囲まれて過ごすことで、人はより幸せになれる」と述べています。その精神は、モノに限らずコトやヒトにも当てはまる。つまり本質でないモノを捨て、本質でないコトをやめ、本質でないヒトから離れることの意義を気づかせてくれます。そのためには、何が本質かを理解することが大前提であるということは言うまでもありません。そしてこれもまた、天心の考えに通じるものがあるのです。

 

いま西洋諸国では、過去の大量消費社会の反省からミニマリスト(持たない暮らし)的な精神が見直されています。大切なものや本質とだけ付き合うのです。それは、いわゆるZEN(禅)の教えそのものでもあります。

 

ただ近藤さんの本が若干違うのは、ZENは「和敬清寂」の精神で一貫されていますが、この本はそれに“ときめき”といった現代日本の漫画アニメに代表されるポップカルチャー的要素が入っているということ。彼女の本が若者を含む広い年齢層に受けているのは、この点が大きいのではないかと思います。

 

天心はお茶から、近藤さんは片づけから、西洋文明の理性至上主義や物質至上主義を超えようとしたのではないでしょうか。2冊とも背後にある精神性がとても日本的で、そして本質的です。日常に疲れた心へ潤いを与える2冊だと思います。

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