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吉本 キムさんとの出会いはFacebookなんです。共通の友人がキムさんとやりとりしているときに、私が「彼の『真夜中の幸福論』という本を読んでいます」とコメントしてつながりました。

 

キム びっくりしました。吉本さんは韓国でもとても有名な偉大な作家さん。学生時代から存じ上げていたので「まさか実在しているとは!」という感覚でした(笑)。

 

そんな偶然から始まった今回の対談。東京・下北沢にある吉本ばななさんの事務所で再会した2人は、出会いのきっかけとなった著書にちなみ“幸せ”について語り合ってくれた。第1回は、“失ったものから気付く幸せ”とは。

 

キム この街は、本当にいいところですね。さっき近くの定食屋さんでお昼を食べたのですが、そこの店員さんが「ご飯のおかわり大丈夫?」と、お客さんに敬語を使わないんです。それはつまり距離が近いということ。どこか昔ながらのぬくもりを感じました。

 

吉本 本当にいいところですよね。あそこは昔、すごく古いオモチャ屋さんだったんです。でも店長さんが死んじゃって定食屋さんになったという街のドラマがありまして。

 

キム ハハハ。今ではあまり見られない地域のコミュニティがありますよね。食事の後に「財布忘れた!」と言って、そのまま店を出ていったり。でも戻ってくるという信頼があるし、実際に戻ってくる。都会のコンビニでそんなことをしたら捕まりますよ。

 

吉本 絶対、捕まります(笑)。

 

キム 昔はそんな風景がたくさんあったと思うんです。でも、だんだんとなくなってきた。人って、いつも失ったときに初めてその大切さに気付くものですよね。喪失するまで幸せに気付かず、気付いたときにはもう手遅れになっているんです。健康なときには、健康であることのありがたみを感じないみたいに――。

 

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吉本 実は私、1歳から3歳まで左目が見えなかったんです。そのせいか、絶えず“サバイバル”な感覚を持っていました。今思うと、いろいろと怖かったのだと思います。

 

キム そういう意味では、幼いころすでに喪失を体験していたといえますね。

 

吉本 でも、だからこそ身の回りの幸せを敏感に感じていました。「生きているだけで幸せだ」って。おかげで、まわりからは「手紙みたいなヤツだな」と言われていました(笑)。手紙って、みんな「あなたに会えてよかった」とか書くでしょ。そんなことをよく言っていましたから。

 

キム でも、人がいちばん幸せを感じることができるのって、そんなふうに喪失から立ち直ったときだと思うんです。「また失うかも」と思ったとき、今ある幸せへの感度が高まるのでしょうね。

 

吉本 たしかに、そのときの経験が“何か”を形作ったような気がします。

 

キム 私も以前、救急車で病院に救急搬送されたときにそう思いました。これまでは、いつ死んでも悔いがないよう緊張感を持って生きてきたつもりでした。でも死を意識したときに「ああ、まだいっぱい悔いが残っているな」って。

 

吉本 よかったですね。ご無事で……。

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キム そうですね。無事だったとき、ずっとそばで手を握っていてくれたワイフの大切さに気付かされました。そこからはもう一度もらった命を無駄にしないよう、好きな人と好きな場所で過ごすことを心がけるようになりました。

 

吉本 私も母と父を一年のうちに亡くすという経験をしましたが、父も最期に私の手をギューッと握ったんです。しかもその年には親友も死んじゃって、その親友も私の手を握ったんです。すごく強くて、重い感触。何かを託されたような気がしました。

 

キム わかる気がします。

 

吉本 母は最期こそ眠るように亡くなりましたが、苦しかったときに「なんとかして」と言ってきて。でも何もできなかった。そのとき、どうしようもないことってあるんだと気付いたんです。そうしたら、自分も人に「なんとかして」と言えなくなりました。いい意味で線引きができたというか、興味深い体験でした。

 

キム でも、それができれば人はもっと幸せになれるはずです。つまり他者からされたことを、自分のこととして置き換えるということ。他者の気持ちを自分のことのように考えられる人は、嫌なことを絶対にしなくなりますから。

 

吉本 そうですね。これまでは、何でもしてあげることが優しさだと思っていた。でも、できないことをできないという愛情の形もあることを、学びました。


この対談が本になりました!何気ない日常から人生のターニングポイントまで、あらゆることから幸せを見いだす秘訣が込められた一冊。巻頭巻末に収録された2人の「まえがき」と「あとがき」も必見です。

ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)

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ジョン・キム

1973年韓国・大邱生まれ。19歳で日本へ国費留学し、ハーバード大、慶應義塾大学など世界の大学を渡り歩く。組織に縛られない「ノマドワーカー」の代表的存在として知られ、元音楽プロデューサーの四角大輔氏とオンラインサロン「JD’S SALON  LIFE IS ART」を主宰。著書に『媚びない人生』(ダイヤモンド社刊)、『真夜中の幸福論』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)、『断言しよう、人生は変えられるのだ。』(サンマーク出版刊)、『来世でも読みたい恋愛論』(大和書房刊)など。

吉本ばなな

1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。

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