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前回は、死に直面した経験や両親の死など“失ったものから気づく幸せ”について語り合ってくれたお2人。続く第2回は、“自由と責任がもたらす幸せ”について――。

 

吉本 キムさんの作品を読んで思ったのは、日本語をとても上手に使って文章を書いているということ。みんな当然のように思っているけど、これってすごいことです。

 

キム 私は知っている単語自体はとても少ないんですよ。それに気づかれないよう、一生懸命、頭を高速回転して組み立てている(笑)。でも複数の言語がわかることで有利なこともあって、その国々の微妙な概念の違いを理解できる。結果、その言葉の持つ概念を深く考え、多面的な見方ができるんです。

 

吉本 でも内容によって文体も書き分けるなんて、本当にすばらしいと思います。

 

キム 私が吉本さんの作品を読んで思ったのは「この人が到達したいのは、他者と自分の魂の境界線を消して一体になることではないか」ということ。他者と自分が一体になれば、相手のためにしていることが自分のためになる。自分のためにしていることも、相手のためになる。それを強く感じました。

 

吉本 今いじめが問題になっていますが、そうした考えが薄くなってきている気がするんです。しかも一つ一つのいじめ行為が小さくなって、匿名性を持ってきている。私はそれを「小さないじわる」と呼んでいるのですが……。

 

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キム 韓国でもいじめは問題になっています。ただおっしゃるように日本と違って露骨で、わかりやすい。日本の場合はもっと建前的で精神的につらいというか……。

 

吉本 うん、ジメジメとしているかもしれません。小石につまずくように、少しずつペースを乱される感じ。それって大きく妨害されるよりこたえると思う。しかも日常生活に溶け込んでいる。そんなふうにみんなが少しずついじわるをしていったら、積み重なってゆくゆくは大変なことになる気がします。

 

キム 韓国も日本も民族的に嫉妬が生まれやすい要素もあるのかもしれませんね。

 

吉本 世界的に見ても、いじめ自体がなくなることは難しいのかもしれません。トルコでは「ナザルボンジュウ」という青い大きな目のお守りがありますが、それは人の嫉妬を跳ね返すためのものだそうです。赤ちゃんが産まれても、しばらく人に見せないという国もあるみたいです。

 

キム 小さないじめがいちばん怖いのは「小さいから責任をとらなくてもよい」と思ってしまうところ。責任に対して鈍感になっていくと、他者への感受性が失われていく。それが伝染していくと、一人一人に悪意はないけど最悪な社会になってしまう気がします。

 

吉本 そうですね……。

 

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キム おそらく、今の若い人は「自由」がないから責任も感じないのではないでしょうか。好景気を経験したことがないから、未来に悲観的で閉じこもる人が多い。自由になろうとすると苦しい道を歩むことになるし、自分で責任を負わなくてはならない。でも自由がない生活だと、責任を人任せにできますから。

 

吉本 これからどうなっていくか、本当にわかりませんね。でも彼らがある意味で“平和な空間”を作ることは、悪いことではない気もしますが。

 

キム ええ、私が10年間やっていた大学のゼミでも、使命感ある学生がたくさん出てきました。彼らは自分でソーシャルビジネスやNPO法人を始めている。そこで“お金だけがすべてではなく、絆こそが大切である”ということも体験しているんです。

 

吉本 そのなかから「彼らの言うことを取り入れたい」と思わせてくれるような人が出てきたら……。どんどんつながりができて、面白い動きになってくるかもしれませんね。

 

キム 私たちが文章を書くということは、読む人の時間をいただくということ。それはある意味命をいただくということでもあります。私のゼミに40人来たら、そこでの1時間は40時間分の人間の命を凝縮したものになる。その責任と緊張感のなかで思想を深めていく。吉本さんは世界で何百万人に読まれているからとてつもない凝縮ですね。

 

吉本 いえいえ、他にできることもなかったので(笑)。でも今の若い人にも、もっと挑戦してほしい。私は、それを期待しています。

 

キム 責任を伴う自発的な挑戦が、他人にもいい影響を与える。そんな幸せの連鎖が生まれてくれることを、私も願っています。

(来週につづく)