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ウィーンでは、5月12日から同性愛カップル仕様の信号灯が登場しました。従来の信号機には1人の人型が点灯していたのに対し、新しい信号機ではハートマークの付いた同性カップルの人型に変わっているのです。行政当局によると「同性愛者、バイセクシャル(両性愛者)やトランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)に対するウィーンの寛容さを強調することが狙い」としています。私も初めて見たときは思わず2度見しましたが、なんだか温かい気持ちになったものです。

 

さて、みなさんはLGBTという言葉をご存じでしょうか。最近よく使われるようになったので、聞いたことがある方も多いかと思います。今回はその社会的な意味について考えたいと思います。LGBTとはレズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)といった性的マイノリティを表す言葉。5月に発表された電通ダイバーシティ・ラボの調査によると日本におけるLGBTは7.6%といわれ、人口の約13人に1人が該当することになります。

 

近年、LGBTについての法的扱いが各国で議論されるようになりました。特にヨーロッパでは同性婚を合法化する動きが加速しつつあります。日本では憲法上「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立」として同性婚は認められていないものの、3月31日には渋谷区で同性カップルへ結婚に相当する証明書を発行する「同性パートナーシップ条例」が成立。その権利保護に対する認識が徐々に高まっている印象があります。

 

とはいえ、世界的にみれば依然として同性婚に否定的な考えが根強く残っていることも事実。国によっては、同性愛者というだけで差別や法的制裁を受けているのが実態です。日本でも差別を禁止する法律はなく、性別変更のための要件もかなり厳しいようです。

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ここで私が問題だと思うのは、日本の学校でLGBTなどの性的マイノリティに関する教育がほとんど行われていない点です。教科書やカリキュラムのなかでLGBT問題が取り上げられることもないため結果的に性的マイノリティは無視され、「異性愛が自然で、同性愛は不自然」という認識が植え付けられていきます。

 

そうしたなかで「自分は同性愛者だ」と自覚している子供たちが自身の性的指向をカミングアウトすることは、いじめの対象になりかねない。だから、あたかも同性愛者ではないふうに振る舞うようになります。これが自己矛盾を生み、自己受容を難しくさせます。つまり今の日本の教育現場では異性愛がスタンダードとなり、同性愛への暗黙的な差別が平然となされているのです。結果、同性愛に対する社会の視線は厳しくなり、それによってLGBTの子どもは一人で苦しい思いをするわけです。

 

人間にはさまざまな違いがあります。その違いも、その人を成り立たせる一部。違いを認め、相互に尊重することが大切です。決して違いが差別を生み出す社会であってはなりません。民主主義社会は多数決によって運営されることを基本としていますが、それは少数派を切り捨てるという意味ではありません。弱者に優しい民主主義は、誰もが暮らしやすい社会を創ることに貢献します。

 

差別はたとえする側にその認識がなくても、常に受ける側から捉えなければなりません。ジェンダー問題がそうであるように、 LGBTについても「知らない」では済まされない時代になってきています。我々が自然、普通、当たり前、常識的という言葉を使うときは十分気をつけた方がいい。そこには無意識の中に偏見が混じり、それによって苦しみを味わう人たちがいるかもしれないという“注意力”を持ちたいものです。


ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)

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吉本ばなな

1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。

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