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いま宮崎に来ています。先々週は新潟、先週は福岡、今週は宮崎と、日本に戻って来てから地方に行く機会が増えました。どこも新しい発見や学びに満ちていて、みなさんとても温かく出迎えてくれます。

19歳のときに初めて日本に来て、今年で約20年になります。ただ私が住んできたのは東京だけで、地方にはほとんど行ったことがありませんでした。それが最近いろんなご縁をいただいて地方に足を運ぶようになり、日本がいかに奥深く個性あふれる地域の集合体であるかということに気づきました。

地方だと、どのお店に行っても食べ物が本当に美味しいです。心身ともに満たされます。東京にも内装が素敵で美味しいお店はたくさんあります。でも何かが違う。その原因を考えてみると、東京には「郷土」という発想がないということに気付きました。

先週福岡で訪れた「とり田」という有名な水炊きのお店で、オーナーで友人でもある奥津さんからとても興味深いお話を聞きました。彼は元々フレンチの修業を始め、創作料理などを極めていました。しかしあるときカッコつけるのをやめて本質と向き合った結果、たどり着いたのが「郷土」という言葉だったそうです。

郷土料理とはいまの世界の最先端の潮流でもある「地産地消の思想」です。彼のお店でも、水炊きに使う食材の基本は九州産でした。アメリカのある調査によると、1つのにんじんが栽培地から食卓に並ぶまでに平均3千キロを移動するそうで、うち3割は輸送の際に損傷して廃棄されてしまうそうです。

それを地産地消にすることで排ガスによる環境への負荷を減らし、鮮度の高いものを安心して食べられるようになり、輸送費用もかからないので料金も安くなり、自分が住む地域への貢献にもつながります。地産地消という「郷土」を大事にすることが、こんなにも素晴らしい還元と循環のサイクルを生み出すのです。

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どの町も、他の町と区別される独自の慣習や文化があります。東京一極集中が叫ばれて久しいですが、実は日本には東京と比べ物にならないほど素晴らしいホンモノの文化が地域に根ざしています。

戦後、都市と地方の経済的な格差は急速に広がっていきました。それを是正するため「国土の均衡ある発展」という政策目標が掲げられ、中央政府から莫大な補助金が地方政府に配分されました。結果としてインフラの構築がなされ一定の格差是正にはなりましたが、そこには重大な副作用が待っていました。補助金を配分する権限を中央政府が持っているため、地方政府は中央政府への依存度を高め、それが「郷土への誇り」や「当事者意識」を失わせてしまったのです。

中央政府主導のこうした画一的な発展モデルでは、地方の個性はどんどん失われます。本来は誇るべき独自の豊かな文化を持っているのに、その価値に気づこうとせず、創意工夫を忘れた地域開発だけが先行しているのです。効率と便利さだけでは、人間の精神は麻痺します。

一見割に合わない効率的には見えないものでも、愚直に魂を込めることだけに集中しながら仕事をされている職人精神あふれる方々が地方にはたくさんいます。その先人が残してくれた知恵に対する尊敬の心と後世に対する責任があると思います。

これからは、原点回帰が最高のイノベーションとなる時代。発展という名の下で原点から遠ざかっていくと、必ず大切な何かが失われます。消費至上主義によって毒された精神を、もう一度浄化し直すことが必要です。自然との共生を大事にし、隣人との絆を強めていくこと。それが、これからの地域社会のあるべき姿ではないでしょうか。


ジョン・キム 吉本ばなな 「ジョンとばななの幸せって何ですか」(光文社刊・本体1,000円+税)

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吉本ばなな

1964年東京生まれ。’87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。’88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、’89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、’95年『アムリタ』で紫式部文学賞、’00年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞をそれぞれ受賞。海外でも多くの賞を受賞し、作品は30カ国以上で翻訳・出版されている。近著に『鳥たち』(集英社刊)、『ふなふな船橋』(朝日新聞出版社刊)など。

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